話題:SS



ベルマークで水槽をもらうことになった十文字中学1年3組は、その日の学級会で早速水槽で飼育する生き物についての学級会議が行われた。


「私は、くらげがいいです。くらげじゃなきゃ嫌。くらげは世界一可愛くて綺麗な海の生き物なので、くらげがいいです」


高飛車で高慢な立ち居振る舞いや縦ロールの髪型から“お嬢”と呼ばれているお嬢様系女子のお嬢は、会議が始まるなり「はい!はい!」と挙手して意見した。意見というより我が侭である。

それに対して、しっかり者で男勝り、漆黒のロングヘアのクールビューティーでみんなから“リーダー”と呼ばれているリーダー系女子のリーダーは──。


「くらげは飼育が難しいと思うので、私は反対です。大反対。私はメダカなど、育てやすいものがいいと思います。私はメダカを推します。くらげを教室で飼おうなんて、無謀にも程があります。真面目に考えてください」


と、決然と挙手をして反対意見を述べた。というより、人格否定も含んだ罵倒である。

それにお嬢はムッとしてもう一度挙手をし、再び意見した。


「くらげの飼育が難しいなんて誰が決めたんですか? きちんと調べれば育て方だってわかるはずなのに、無難にメダカで攻めようなんて安直にも程があります。びびってるんですか?」


「びびってるってなんですか? 水槽はみんなの物です。可愛いからとか綺麗だからとか、そんな勝手な理由で意見を押し通せるとでも思ってるんですか? そんな身勝手に巻き込まれるくらげだって可哀想です」


お嬢とリーダーはとても仲が悪い。

犬猿の仲、水と油。とにかくソリが合わない。

侃々諤々、喧々囂々。

中学生にもなって、小学校低学年みたいな二人の言い争いはいつものこと。

男子は「またか」とため息をついては呆れ、女子はお嬢派とリーダー派の真っ二つに割れて睨み合いをする始末だった。

やがて“1年3組にやってくる水槽で何を飼うか論争”は平行線をたどり、くらげ派とメダカ派で二分したまま収束は見られなかった。

男子の中で地味に「ザ……ザリガニ……」という意見も遠慮がちに出たが、女子が白熱しすぎていて誰の見向きもされなかった。


そうして迎えた、その日の昼休み──。


────
─────……


校庭に、セーラー服姿のまま対峙する二つの集団があった。


「そもそも、最近のあんた気に入らなかったのよ。リーダーとか呼ばれて調子に乗って、クラスの中心人物にでもなったつもり?」


腕組みをして、お嬢は対立グループの中心に立つリーダーを鋭く睨[ね]めつけた。


「『気に入らない』はこっちの台詞。一般中流家庭で金持ちでも何でもないくせにお嬢とか呼ばれて調子に乗って徒党まで従えて。そのいい加減なキャラ設定も我が侭も、大概にしてほしいものだわ」


リーダーも負けじとお嬢を睨み返し、小脇に抱えていたボールを二、三度、威嚇するようにバウンドさせる。

そんな挑発的なリーダーの態度に、お嬢は目を伏せて余裕の笑みを漏らす。


「……あんた変わったわね。昔はオドオドして、私に金魚のフンみたいにまとわりついてたくせに」


「あんたこそ。昔は泣き虫でしょんべん垂れだったくせに、随分偉くなったものね」


同じように唇の端を吊り上げて笑うリーダーは、一層乱暴にボールをバウンドさせる。

そして、リーダーがパシッと両手でボールを掴んだ瞬間──。


「「これは戦争よ!」」


二人は声を揃えた。


「いい!? 勝った方が問答無用で飼いたいものを飼う!」


「異議無し!」


ついに、戦いの火蓋が切って落とされようという時だった──。



「やめーーーーーい、二人とも!!」


「おぶっ!」
「ぶほっ!」


ゴチンッ!と、かつてない衝撃とともに二人の脳天に降ってきたもの。


それは、先生の拳骨だった。


────
─────……


職員室に呼び出された二人は、担任の加代子先生からガミガミと説教を食らっていた。


「くらげかメダカか? バカか、そんなもん話し合いで穏便に解決しろ。それに制服着たままで激しいドッジボール大会なんかしようとするな。何事かと思うだろ? せめてジャージを着ろジャージを」


((そういう問題!?))


肩を並べて意気消沈とうなだれながら、二人は同時に心の中でツッコミを入れた。

とはいえ、確かにセーラー服姿の面々が校庭で対峙する光景は異様だったのかもしれない──。そう思うと、二人も粛々と聞き入れざるを得なかった。


加代子先生はため息を付いて眼鏡を外し、頭を抱えた。


「お前らの小学校低学年時代の担任だった白川先生な、私の大学時代の後輩で、今でも懇意なんだよ。だから、その頃のお前らの話も聞いてる」


お嬢とリーダーは「そうだったの!?」とでも言うように目を丸くして顔を上げた。


「お前ら、本当は仲良かったんだろ? クラスで友達がいない者同士、二人一緒にいることが多くて」


((……友達がいないとか先生がはっきり言っちゃうんだ……))


二人は肩を竦めて加代子先生を見上げる。


「──確か、二年の時の遠足だっつってたか……。水族館で、お前ら班が別々なのに班行動なんかそっちのけで二人仲良く手ぇ繋いで、くらげの水槽をキラッキラした目で眺めてたんだってな。それがやたらと印象的だったと……。そんな風に白川先生おっしゃってたぞ」


「……………」

「……………」


二人はしばらく黙っていた。

そして「昔のことです」と呟いたのも二人同時だった。


「ほら、やっぱり仲いいじゃないか」と加代子先生が笑うと、二人はムッとして目を合わせそうで合わせない。


すると加代子先生はもう一度ため息をついて──。


「……なぁ、結羅[ゆら]、莉良[りら]」


と、改まってお嬢とリーダーの名前を呼んだ。


「お前ら二人とも、くらげが好きなんだろ? 結羅は大好きなくらげを側に置きたい一心で、莉良は大好きなくらげを守りたい一心で」


「……………」

「……………」


二人は口を噤んで、思い出していた。

水族館の遠足の日のことを。



──ゆらちゃん、見て見て、くらげさんきれいね──

──ホントね、りらちゃん。白くてきれいね──



班のメンバーに馴染めなかった二人は、こっそり班から抜け出して手を繋ぎ、くらげの水槽にべったり。

エメラルドブルーの宝石のような色彩の中を自由にそよぐくらげを、目を輝かせて見ていたのだ。


「これは、くらげへの愛情をどう表現するかの争い事だ。同じ物を見てるのに揉め事が起こるのか、同じ物を見ているからこそ揉め事が起こるのか。──肝に銘じろ。戦争なんてそんなもんなんだよ」


加代子先生のそんな話を聞いていると何だか泣きたくなって、じわっと涙が滲んだ。


加代子先生は「お前らホントに似たもの同士だな」と笑った。


お嬢が泣き出したのを皮切りに、リーダーも泣き出した。

お互いに意地を張りすぎて堰止められていたものが、溢れるように。


────
─────……


やがて、1年3組にやってきた水槽。


「ザ……ザリガニ……」


そこに投入されたものを見て、お嬢は顔を引きつらせた。


「……結局、間取って男子の意見が採用されることで事態が収束したってわけね……。これぞまさに折衷案……」


リーダーも、水槽を眺めながらつまらなそうにため息をつく。


四角い水槽の水底に砂が敷き詰められ、5pほどの深さに水が張られている。

その中には一匹のアメリカザリガニ。男子の誰かが持ってきたものだ。


「私、ザリガニだけはないわーと思ってたけど」

「……私も」

「……………」

「……………」


今は放課後。

教室にはお嬢とリーダー以外には誰もいなく、時折外から部活動の掛け声が聞こえるだけで閑散としていた。


「……ねぇ、リーダー。餌あげてみなさいよ」

「嫌よ、気持ち悪い。甲殻類が物食うところなんか見たくないわ」

「ホントにあんたびびりね」

「はあ? 誰がひびりよ。そんなこと言うならあんたがあげてみなさいよ、お嬢」

「私だって嫌よ、グロいもの」

「……なんなのよ」

「…………」

「…………」


二人はしばらく黙ったまま、ザリガニを見つめていた。


二人が“変わった”のは、小学校高学年になってクラスが離れ離れになってからだった。

新しいクラスには友達がいない。このままじゃいけない。だから虚勢を張って高らかに声をあげ、そうすることで“自分についてくる者”が出来た。

徒党はやがて派閥となる。

中学に上がり、二人が再び同じクラスになっても混じり合うことがなかった。

例えるなら淡水魚と深海魚。水の異なる生き物が共存しないように。


──しばらくして、ザリガニが水槽にへばり付いて触覚を動かし始めた。
円らな目を二人に向けて、餌をせがんでいるようだった。


「……しょうがないわね」

「あげてみようかしら」


二人は同時にため息をついたが、顔をどこかにやついていて、世話の焼ける子供に萌えているようでもあった。

二人で一緒に餌袋を開け、備え付けの匙でその固形を水槽の中へ投入する。


するとザリガニは、ハサミを使って器用に餌を掴み、口へと運んだ。

ちゃぷんと小さな水音をたてる、水棲生物。


「……い……意外と可愛いかもしれないわね」

「そ……そうね。意外と可愛いわ」


そこはさながら、小さな水族館。

二人は目を輝かせ、頬をピンクに染めてうふふと笑った。




『 ゆ ら り ら。』
ーおわりー 



【くらげ、戦争、セーラー服】
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