ばたん!
勢いよく玄関を開けると、そこにはあーちゃんがいた。
故に私は、立ち尽くす。
目を奪われたのは、彼の服装だった。
私服姿、久しぶりに見た。
昔よりずっと格好よかった。
「ナツ?どした?」
不思議そうに私を見るあーちゃんに問われ、はっと我に返る。
今の私はきっと、顔が真っ赤なはずだから。
暗がりでよかったと、夜の闇に今は感謝をした。
「な、なんでもないよっ。お待たせ、行こっか!」
誤魔化せたのか誤魔化せてないのか、わからない表情であーちゃんは頷いて歩き出した。
私は、ふぅと溜め息をこぼす。
でも、折角久しぶりにこうしてあーちゃんと同じ時間を過ごせているのだから。
楽しまないと、損だよね。
そう気を取り直して、私もあーちゃんの後ろに続いた。
* * *
「ホント、びっくりしたんだぜ?
今日入る新人がナツだなんて、予想外にも程がある」
「私だって驚いたもん!あーちゃんがバーガークイーンでバイトしてるなんて知らなかったし」
散歩コースの公園。
噴水広場のベンチに腰かけて私たちはお喋りをしていた。
他愛のない話をした。
昔話や互いの学校での事。
それは、幸せな時間だった。
「おばさんから聞いたよ、
大学受かったんだってな。おめでと!」
ポンと、
軽く叩くように頭を撫でられて、私は硬直する。
いやいや、だって。
その、急にそんな……!
「……っ!」
顔に熱が集まる。
どうしよう、どうしよう。
私、今絶対変な顔してる!
どうしよう!
「すげえ照れてるし。
ホント、ナツはおもしれーよな!」
「っ、あーちゃんっ!」
少しだけ怒って見せる。
あははと、本当に楽しそうに笑うあーちゃんは本当に昔と変わらない。
私の大好きなあーちゃんのままだった。
その笑顔も、わしゃわしゃと頭をかき回す大きな手も。
悔しいけどとても嬉しくて、ときめいていたりする。
「……ぁ、あーちゃんは?
大学どこ受けるの?入試はいつ?」
それは、あからさまな照れ隠しだった。
隠れてすらいなかった。
気づかないでいてくれたら良いんだけど……
「大学は秘密、受かったら教えるよ。
オレが受けんのはセンターだよ、成績少し足りねーし」
「秘密って何よ。センターかぁ……
受かると良いね、応援してるね!」
あーちゃんの言った“秘密”に引っ掛かりを感じつつも、一先ずは応援しようと思った。
「さんきゅー。でもなー……
数学と理科以外はちとキツいかも……」
心底困ったようにあーちゃんは言った。
本当に入りたい大学なんだろうな、と、私は勝手に解釈した。
私が力になれたら良いのに……
「あ……あーちゃん?」
「んー?」
あーちゃんの間延びした応答。
言って良いことなのか、悪いことなのか。
判断しかねていた私は少し黙りこむ。
私は、あーちゃんの力になりたい。
あーちゃんに私がしてあげられることは……
こくり、と、小さく頷いた。
意を決して、私はあーちゃんにこう言った。
「勉強、私でよかったら教えてあげられるよ。
センター対策、今からやろ?」
それを聞いて、あーちゃんは私を見た。
驚いたように小さく口を開けて、黙り込んでいる。
どうしよう、余計なお世話だったかな……
気まずいよ……!
「ホントか?!」
あーちゃんは突然立ち上がって叫んだ。
私はそれに驚いて一緒に立ち上がる。
「ホントか?!ホントに教えてくれんのか?!」
「うん、幼馴染が困ってるんだもの。力になりたいもん!」
「……さんきゅー、ナツっ!」
「きゃっ?!」
余程嬉しかったのか。
あーちゃんは私に抱きついてきた。
まるで、昔みたいに。
「あ……悪い」
「う、ううん。大丈夫」
私は驚いた。
恥ずかしくもあった。
けれど何より、本当に嬉しかった。
勇気を出してよかった。
わたしは心の底からそう思った。
「じゃあ、善は急げだ!
夕飯食ったら早速勉強するぞ!」
「うんっ!」
「じゃあ、家まで走るぞ!」
「あっ、ちょっとー?!」
あーちゃんに続いて走り出す。
かくして私は、あーちゃんの専属家庭教師になった。
ここへ来て、再び縮んだ距離。
私に出来ることを精一杯やる。
密かにそう、心に誓ったのだった。
end
13/07/23