題未、三話:追音 翠さん
繋がる物語

ばたん!
勢いよく玄関を開けると、そこにはあーちゃんがいた。
故に私は、立ち尽くす。
目を奪われたのは、彼の服装だった。
私服姿、久しぶりに見た。
昔よりずっと格好よかった。

「ナツ?どした?」

不思議そうに私を見るあーちゃんに問われ、はっと我に返る。
今の私はきっと、顔が真っ赤なはずだから。
暗がりでよかったと、夜の闇に今は感謝をした。

「な、なんでもないよっ。お待たせ、行こっか!」

誤魔化せたのか誤魔化せてないのか、わからない表情であーちゃんは頷いて歩き出した。
私は、ふぅと溜め息をこぼす。
でも、折角久しぶりにこうしてあーちゃんと同じ時間を過ごせているのだから。
楽しまないと、損だよね。
そう気を取り直して、私もあーちゃんの後ろに続いた。


* * *


「ホント、びっくりしたんだぜ?
今日入る新人がナツだなんて、予想外にも程がある」
「私だって驚いたもん!あーちゃんがバーガークイーンでバイトしてるなんて知らなかったし」

散歩コースの公園。
噴水広場のベンチに腰かけて私たちはお喋りをしていた。
他愛のない話をした。
昔話や互いの学校での事。
それは、幸せな時間だった。


「おばさんから聞いたよ、
大学受かったんだってな。おめでと!」

ポンと、
軽く叩くように頭を撫でられて、私は硬直する。
いやいや、だって。
その、急にそんな……!

「……っ!」

顔に熱が集まる。
どうしよう、どうしよう。
私、今絶対変な顔してる!
どうしよう!

「すげえ照れてるし。
ホント、ナツはおもしれーよな!」
「っ、あーちゃんっ!」

少しだけ怒って見せる。
あははと、本当に楽しそうに笑うあーちゃんは本当に昔と変わらない。
私の大好きなあーちゃんのままだった。

その笑顔も、わしゃわしゃと頭をかき回す大きな手も。
悔しいけどとても嬉しくて、ときめいていたりする。


「……ぁ、あーちゃんは?
大学どこ受けるの?入試はいつ?」


それは、あからさまな照れ隠しだった。
隠れてすらいなかった。
気づかないでいてくれたら良いんだけど……

「大学は秘密、受かったら教えるよ。
オレが受けんのはセンターだよ、成績少し足りねーし」
「秘密って何よ。センターかぁ……
受かると良いね、応援してるね!」

あーちゃんの言った“秘密”に引っ掛かりを感じつつも、一先ずは応援しようと思った。

「さんきゅー。でもなー……
数学と理科以外はちとキツいかも……」

心底困ったようにあーちゃんは言った。
本当に入りたい大学なんだろうな、と、私は勝手に解釈した。
私が力になれたら良いのに……

「あ……あーちゃん?」
「んー?」

あーちゃんの間延びした応答。
言って良いことなのか、悪いことなのか。
判断しかねていた私は少し黙りこむ。


私は、あーちゃんの力になりたい。
あーちゃんに私がしてあげられることは……

こくり、と、小さく頷いた。
意を決して、私はあーちゃんにこう言った。



「勉強、私でよかったら教えてあげられるよ。
センター対策、今からやろ?」



それを聞いて、あーちゃんは私を見た。
驚いたように小さく口を開けて、黙り込んでいる。
どうしよう、余計なお世話だったかな……
気まずいよ……!

「ホントか?!」

あーちゃんは突然立ち上がって叫んだ。
私はそれに驚いて一緒に立ち上がる。


「ホントか?!ホントに教えてくれんのか?!」
「うん、幼馴染が困ってるんだもの。力になりたいもん!」
「……さんきゅー、ナツっ!」
「きゃっ?!」

余程嬉しかったのか。
あーちゃんは私に抱きついてきた。
まるで、昔みたいに。


「あ……悪い」
「う、ううん。大丈夫」


私は驚いた。
恥ずかしくもあった。
けれど何より、本当に嬉しかった。
勇気を出してよかった。
わたしは心の底からそう思った。


「じゃあ、善は急げだ!
夕飯食ったら早速勉強するぞ!」
「うんっ!」
「じゃあ、家まで走るぞ!」
「あっ、ちょっとー?!」


あーちゃんに続いて走り出す。
かくして私は、あーちゃんの専属家庭教師になった。
ここへ来て、再び縮んだ距離。
私に出来ることを精一杯やる。
密かにそう、心に誓ったのだった。



end


13/07/23  
読了  


-エムブロ-