だいたいわかる
ショートストーリー

「なんで、君に、ネックレスをプレゼントしたか、わかる?」

彼女は、泣きそうな雰囲気で、けれど、笑顔で問い掛けてきた。

「似合いそうだったからって、言ってたね」

僕は、慎重に答えた。こういう時の彼女は、下手な事を言えば、酷い具合に、泣き出してしまうのを、僕は、心得ていた。

「そうね。君の細い首には、ああいう、無骨なのが、似合うと思ったの」

じゃあ、と彼女は、続ける。

「ブレスレットは、どうしてだと思う?」
「これは、君の社員旅行の、お土産だったよね。綺麗だったから、思わずって言ったね」

彼女は、見せ掛けの笑顔で頷いた。まだ、大丈夫そうだ。僕は内心、びくびくしながら、次の言葉を待った。

「アンクレットは、何で、付けてるんだっけ?」
「これは、買い物に行った時、二人で決めたんだよね。初めて、お揃いにしたんだよね」

彼女は、よく覚えてるわね、と言った。クスクスと、楽しそうに笑う。けれど、やはり、まだ泣き出しそうで、僕は、どうしようもなく、ただただ、彼女を見詰めて、次の言葉を待つしか無かった。

「じゃあ、これは?」

彼女が指差したのは、僕と彼女の指にきらめく、指輪だった。

「付き合って、一年経ったから、お祝いに、何が欲しいか聞いたんだよね。君が、指輪、って言ったから、高価な物は無理だよ、なんて笑って、僕がプレゼントしたんだよね」

彼女は、僕に抱き着きながら、大正解よ、と泣き出した。

僕は、ああとうとう泣き出してしまったか、と思いながら、彼女の背を撫でる。

「どうしたんだい?」
「全部、大正解なのに、全部、大間違いなの」

彼女は、ポロポロ泣きながら言う。僕は、彼女と向き合う形で座り直して、彼女の涙を拭った。拭っても拭っても、流れてくる涙に、罪悪感が募る。

「間違えて、ごめんね。本当は、どうなのか、教えて欲しいな」

彼女は、こくり、と子供のように、素直に頷いた。それから、何度か、口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返している。

彼女が、真剣に話す時の癖、みたいなものだ。彼女が、こうしている時は、僕は、黙る事にしている。彼女の、邪魔をしてはいけない、と思う。

「ネックレスはね、首輪なの」

ぽつり、と言った彼女は、苦しそうな顔をした。僕は、ひとつ頷く。彼女の言葉の先を促すには、言葉より動作だと、気付いたのは、最近だったのだけれど。

「ブレスレットは手枷で、アンクレットは、足枷。指輪は、キスマークみたいなものなの」

僕は、小首を傾げてみせた。

「何処にも行かないで欲しくて、あたしだけのものにしたくて、だから、」

そこまで言うと、彼女は、堪えきれなくなったのか、嗚咽を零しながら、泣いてしまった。僕は、蹲る彼女を抱き締めた。

「僕は、君の事、好きだよ」

『あたしは、君の事、好きじゃないかもしれない』彼女は、途切れ途切れに、そう言った。

「だってこんなの、ただの独占欲で、好き、っていうより、依存だわ」

泣きじゃくりながら、彼女は僕から、離れようとした。そうさせまいと、僕は、優しく腕に力を込める。

「やだ、離してよ!!!」

呼吸もままならない雰囲気で、彼女は、怒鳴った。僕は、ほとんど無理矢理に、彼女と密着するように、抱き締めた。羽交い締めにしたと言った方が、正しいかもしれない。

「やだ、離して。やだやだやだ」

うわ言のように、言いながら、彼女は、暴れている。僕は、絶対に離さないように注意深く、彼女の身体から、少しだけ、身体を離した。

「嫌だ。僕は、君のこと、離したくない」

此処で離したら、君は、僕から離れて行くんだろ?

耳元で囁くと、彼女の抵抗は止んだ。

「何で、わかるの」

もう一度、きつく抱き締め直して、僕は、優しく言った。

「君のこと、ずっと、見てきたから。君のことなら、だいたいわかるよ」

彼女は、静かに泣いていた。僕の右肩がひんやりしてきた。彼女の涙が染み込んでいるようだ。視界に、ティッシュペーパーの箱が写り込んだので、彼女に手渡すと、ありがとう、と言いながら、顔に押し当てていた。

「依存でも、何でもいいよ。僕は、君のこと好きだから」
「好きじゃ、ないかも、しれないのに?」
「うん。好きじゃなかったとしても、君は、僕が、必要なんだろ?依存、ってことは。だったら、それでいいじゃないか。僕は、君と居たいんだから」

彼女は、何枚も何枚も、ティッシュペーパーを使いながら、何度も何度も、頷いた。

ようやく、泣き止んだ彼女は、僕の顔を見て、いつもの癖をやっていた。僕は、それを封じ込めるように、触れるだけのキスをした。

「ごめん、は聞きたくないよ?」

イタズラっぽく笑うと、彼女は、口許を押さえて、目を丸めた。

「なんで、」
「だから、言ったじゃないか。僕は、君のことなら、だいたいわかる、って」

彼女は、そこで、やっと、今日初めて、いつも通りに笑った。

その笑顔を見て、僕は、やっぱり、この人のことが、愛しいなあ、と思うのだった。



end
話題:SS



13/08/01  
読了  


-エムブロ-