最高の愛の形
ショートストーリー

「私を、殺して?」

女はそう言った。その顔は、恍惚の笑みだった。

《最高の愛の形》

ありきたりなワンルーム。普通の人が普通に生活しているような空間。テーブルにソファーと、見易い位置にテレビ。キッチンには冷蔵庫と電子レンジなどなど。寝室には、ふかふかのダブルベッド。そんな、本当に、極々、普通のワンルーム。

そこで、女は美しく着飾っていた。

こんな、ありきたりな部屋には似つかわしくない、豪勢なドレスである。色は漆黒。女の陶器のように白い肌が一番良く映える色。レースでフワリとしたスカートは、華奢な手足を、なお細く魅せる。

女は美しくはあった。けれど、まるで、精気はない。生きている気配がない。さながら、蝋人形のように。

「今日も綺麗だね。愛してるよ」

男は、人形のような女に、微笑みかけた。

「私も、愛してる」

まるで感情のないその声に、それでも、男は満足しているようだった。

それもそうだろう。

人形のような女は、男の手によって、人形になったのだから。

***

始まりは、極々普通の、それこそ、このワンルームに見合う、極々普通の恋愛だったのだ。

何処で、何を、間違えたのだろう。

あるとき、唐突に、男は女を、ワンルームに軟禁した。女は、自由を奪われ、男の言いなりになった。女は、自ら、人形になることを選んだ。

***

男と女は、もちろん、同じベッドで眠る。夜毎の情事の時にだけ、女は、人形ではなくなる。

その夜のこと。男は女を掻き抱いて、泣いた。

「こんなに一緒にいても、どうして、寂しいんだろう。愛しても、愛されても、まだまだ足りないのは、どうしてなんだろう。俺は、これ以上、どうやって、愛せばいい? 愛してもらえばいい?」

そして、女は、恍惚の笑みを浮かべた。

「だったら、私たちで、最高の愛の形を証明すればいいのよ」
「出来るのか…?」

男は微かに光の宿った瞳で、女を見詰めた。女はゆっくりと頷く。

「私を、殺して?」

言うと同時に、女は男に口付けた。

「あなたの手で、私を、殺すの。そうすれば、私の全てを、あなたに、あげることが出来るわ」

言い終わるや否や、男は女の首を絞めた。女は、人形になった。そして、事切れた女の傍らで、男は自ら、死んでいった。



end
話題:SS


12/12/12  
読了  


-エムブロ-