僕の彼女は、毎日、飽きるほどに、写真を撮る。それは、一緒に食べたご飯だったり、一緒に眺めた風景だったり、時折、僕自身だったり。
《ポートレイト》
「ほんと、写真、好きだよね」
僕は、部屋の窓から見える飛行機雲にカメラを向ける彼女に言った。
「うんー、好きー」
彼女は、カメラに真剣で、僕への返答もおざなりである。
「僕より、写真の方が、好きなんじゃないかなって、たまに思うよ」
僕は冗談めかして笑った。すると彼女は、ムッとした顔でこちらを向いた。
「そんな訳、ないじゃん」
「だって、また、カメラ構えてるんだもん」
僕は、彼女の手から、カメラを奪い取り、彼女に向けて構えた。
「…だってね」
ファインダー越しの彼女が、少し困ったような、照れたような、不思議な顔をしている。
「だって?」
僕は、促しながらシャッターをきる。
「いつか、忘れても思い出すきっかけになるし、嘘じゃなかったんだなって思えるし、思い出は、なくならない、でしょ?」
最後に、彼女は、泣きそうな顔で笑った。
「あいつのこと?」
彼女は、眉間にシワを寄せて、首を左右にふった。
「よく、わからない、の」
***
僕と、彼女と、彼女の彼。三人は親友だった。
僕は、彼女が好きだった。けれど、彼と彼女が付き合いはじめても、彼女が幸せなら、それでいいと思えた。
だから、僕たち三人は、親友だった。
ある日、彼は、不慮の事故で、命を失ってしまった。唐突に、だ。
酷く落ち込んだ彼女に、僕は、僕を彼の代わりとして、傍に居させて欲しい、と言った。
それは、三年ほど前の出来事。
***
「あいつと過ごした時間が、薄れていくのが怖いのか。薄れないのが怖いのか。君との時間が、深くなるのが、怖いのか。深くならないのが、怖いのか」
彼女は、眉間にシワを寄せたまま、薄く笑った。
「無理に笑わなくて良いよ。君がしたいようにすればいい」
僕は、カメラを傍らに置いて、彼女を抱き締めた。あいつが死んだあの日と同じ様に、彼女の肩は震えていた。
「僕は、君の傍にいたいから、居るだけ。君も、選んでいいんだ。君は、どうしたい? どうなりたい? すぐに、じゃなくてもいい。それが見つかるまでは、僕は、あいつの代わりでも構わないんだ」
僕がそう言うと、彼女は、ボロボロと泣き出した。
「いや! 君は、あいつの代わりなんかじゃないの!!!」
僕は、ビックリして、彼女の顔を覗き込む。
「ねぇ、それって」
「私は、確かに、あいつのこと、好きだよ。でも、あいつは、もう、還ってこないし、一緒に、笑いあうことも、ご飯を食べることも、眠ることもない。私だって、それくらい、わかる。でも君は、私の前では、あいつであろうとする。私は、今、誰と居て、誰を好きなのか、わからなくなっちゃうの」
僕は、まさか、僕自身が、彼女を傷付けていたなんて、思っても見なかった。それでも、オロオロしながら、僕はたどたどしく、彼女を抱き締めた。
「ご、ごめん。ごめんね」
彼女はなにも言わずに、涙を流している。きっと、言うべき言葉はこうだったのだ。
「ねぇ。僕と、付き合ってくれませんか?」
彼女は泣きながら、頷いた。
***
次の日。僕たちは、二人ならんで、あいつの墓参りに行った。
きっと、あいつも、天国で、笑っているに違いない。
お前ら、やっと、付き合ったのかよ、と。
その日の一枚目の写真は、僕と、彼女の間に、あいつの墓石を挟んで撮った。その写真の僕たちは、墓地には不釣り合いなほど、晴れやかな笑顔だった。
end
話題:SS
12/10/29