「ねぇ」
唐突に、彼女は言った。
《愛猫》
「いつも、ありがとう」
彼女は、そんなことを言うような性格じゃないのに、だ。俺は、茶化すように笑った。
「どうしたんだよ、急に、らしくない」
彼女は、悲しそうに笑う。
「ちゃんと、言ったことなかったなって、思っただけよ」
俺は、また、茶化した。
「急に、気持ち悪いなぁ。ガンかなにかなのか? 明日死ぬわけでもないのに、ほんと、らしくないぞ?」
彼女は、悲しそうな笑顔のまま、言う。
「明日、死ぬのよ、あたし」
「………は?」
「嘘だけど」
彼女は、いつも通りの、意地の悪い笑顔になっていた。
「な、んだよ」
俺が、ほっと胸を撫で下ろしていると、彼女は、穏やかな顔をしていた。
「でも、死んじゃうかもしれないじゃない? 明日、何が起こるかなんて、わからないのよ。だから、言いたいことは、言っておかなくちゃ、後悔しちゃうでしょ?」
「まあ、わからなくもないけど」
あまりに、彼女が真剣に話すものだから
、俺は、彼女を抱き締めて問い掛けた。
「なにかあったか?」
彼女は、小さく首をふる。
「ミィが、居なくなっちゃったの。ほら、猫って死ぬときは家から出てくって、言うでしょ?」
ミィというのは、彼女の愛猫だ。大人しく丸まって寝ているミィは、もう、年老いていたのだろうか。
「…そか。でも、ほら、ひょっこり戻ってくるかもしれないだろ?」
当たり障りのない返答に、彼女は、肩を震わせていた。俺は、それ以上、かける言葉も見付けられず、ただ、彼女の細い肩を抱き締めていた。
「お願いだから、君は、勝手に、居なくならないで」
いつも飄々としている彼女の、それは、本音だった。流石に俺でも、気付いた。だから。
「俺は、お前をおいてったりしない。勝手に居なくならないし、お前が嫌だっていっても、そばにいるから、覚悟しとけ」
彼女は、顔をあげると、涙に濡れた頬のまま、何故か、ニヤリと笑った。
「ふふ、プロポーズ?」
俺は、そんな彼女と、これから先も、ずっと一緒に居たいと思った。
「ああ、そうだけど?」
そう言うと、彼女は、ニヤリとさせた顔を真っ赤にさせてうつむいた。
「な、なに言ってんのよ」
「だから、プロポーズなんだけど?」
彼女は、ゆっくりと、うなずいた。
「愛してる」
俺は、柄にもなく、そんな想いを口に出してみた。明日死ぬかもしれないのは、俺も同じだと、 思ったからかもしれない。
いつもは、すき、などとは、言わない彼女も、俺の言葉に感化されたのか、ミィからの影響なのか、酷く小さい声ではあったが、愛してる、と言った。
***
そんなわけで、俺と彼女は、現在、同棲中である。
完全に余談なのだが。
ミィはと言うと、子どもを連れて、帰ってきた。
その時の、彼女の喜び様は、俺が、誕生日プレゼントを渡したとき以上だったから、流石に、切なくなった。だが、ミィのお陰で、ここまで進展したのだから、なんとも言えない。ミィ様々だ。
end
話題:SS
12/10/27