愛する者の手に掛かることでしか、死ねないとしたら、それは、幸福なのか、不幸なのか。
《呪術、継承》
「殺しても、いい?」
女はそう言って、男を抱き締めた。
「君は、俺を、殺せないよ」
男はそう言って、女に口付けた。
「どうして?」
女は、男の頬に手を添えて、にこやかに訊く。
「だって、君は、俺に、殺されるんだから」
男は、女の手を握りしめて、にこやかに答える。
「わかってたんだ」
女は、再び、男を抱き締めた。
「ああ」
男も、それに、応える。
「君だから、当たり前だね」
男の耳許に、女は、囁いた。
「そうだよ」
男は言って、女に口付けする。
「あたし、幸せよ」
愛した人に、殺されるんだから。そして、君も、愛した人に、殺されるのよ。
「俺は、誰も、愛さないよ」
男は、女の首を絞めながら、言う。
「あたしも、そう思ってたわ」
けど、君のこと、愛したのよ。だから、君も………。
女の最期は、笑顔だった。
***
「私を、殺してくれないか」
「嫌よ!!!」
女は、泣きながらいった。
「それでも、私は、もう、生きるのが、辛いんだ」
男は、女を抱き締めて言う。
「だから、殺してくれ。君にしか、私を殺せないんだから」
「あたしを愛したから?」
女は、涙に濡れた瞳で、男を見詰めた。
「そう。愛した人の手で死ぬしか、ないんだよ。私には」
男は、女の涙を拭ってやる。
「あたしも、愛してる」
女はそう言って、男の首に、手を掛けた。
「君も、愛した人に、殺されるんだよ」
「あたしは、誰も、愛さない。誰にも、殺されない。ずっと、貴方だけを、愛すわ」
女は言いながら、徐々に、手に力を込めていく。
「君らしいね。でも、それはきっと、無理だよ。私も、そう思っていたからね」
男は、穏やかな顔をしている。
「いやよ、そんなの」
女は、また、泣き出しそうな顔をした。それでも、手の力は、弱めない。
「泣かないで。私は、幸せなんだから」
そうして男は事切れた。
「貴方が幸せなら、それで良いと、思ったけど。でも。あたしは、不幸せよ」
女は泣きながら言った。
「きっと、あたしは、誰も、愛さない」
そんな想いすらも掻き消して、呪術は、継承された。
***
誰もが、幸せになることは、赦されないのだろうか。
否。
幸福なのか、不幸なのか。それは、当事者だけが、知るところなのだろう。
end
話題:SS
12/08/25