「レーラさん、今度の誕生日で、いくつになるんですか?」
俺は興味本意でたずねた。
「んー、…と、八百とー、三十くらいじゃない?」
「蝋燭で、ケーキ見えなくなっちゃいますね」
「酷いわね、全く。蝋燭なんか、浮かせときゃ良いのよ」
レーラさんは、ひょいと指先を振って、目の前のティーカップを漂わせた。中味は、熱い紅茶である。それが、ゆらゆらと、俺の手前まで、近付いてきた。
「かけないでくださいよ? 洒落になりませんから」
「あ、バレた?」
クスクスと笑いながら、ティーカップを揺らすレーラさんは、俺と同じか、あるいは、年下のようにすら、見える。
八百幾つの、魔女のくせに。
「わかりますよ、流石に。どれだけ、一緒にいると、思ってるんです」
「ほんの、一年ぽっちでしょ」
レーラさんは、ニヤリと笑う。
そうなのだ。所詮、レーラさんの生きてきた、八百年には遠く及ばない、生身の人間の一年。
「ねぇ、レーラさんは、寂しくならないんですか?」
「寂しく?」
俺は、不用意なコトを聞いていると、解りながら、聞かずにはいられなかった。レーラさんは、あまりにも、人間らしすぎる。
「八百年も、一人で生きてたら、寂しく、なりませんか?」
レーラさんは、笑みを崩さないまま、喋る。
「寂しくなんか、ないわよー。だって、人間見てるのって、面白いもの」
「誰かを、好きになったり、しないんですか?」
「誰か、って、人間? あたし、人間は、みんな好きよー?」
俺は、そこで、思い至る。
「博愛、ですか」
「そうかもねー」
レーラさんを、傷付けるかも知れないと思いつつも、言葉を止めることが、出来なかった。
「博愛なんて、幻想ですよ。つまり、レーラさんは、結局のところ、人間なんて、嫌い、なんですね」
俺は、レーラさんのこと、好きなのに、とは、言えなかった。レーラさんは、相変わらず笑っていたけど、その笑顔は、悲しそうだった。
「んー、人間は、ねぇ、好きだけど、嫌い、かもなぁ」
だって、殺されかけたこと、何回あったか、数えるのも面倒になっちゃったもん。
レーラさんは、指を折り曲げ始めた。俺は、その手を握る。
「…すいませんでした」
「いーのよ、別に」
レーラさんは、自由な方の手で、俺の頭を軽く撫でた。
「ねぇ、レーラさん。俺のコト、好きですか?」
「好きよー。だから、ここに呼んでるんじゃない」
「そう、ですね」
レーラさんは、次元の狭間、とかいうところに、ひっそりと、暮らしている。だから、呼ばれなければ、レーラさんの顔を見ることも出来ない。
「俺、レーラさんのこと、好きですよ」
俺は、レーラさんの手を握ったまま、至って真剣に言った。レーラさんは、ニコリと笑った。
「好きなんて、一時の、幻想よ」
俺は、黙るしかなかった。もし、そうだとしても、俺は、やっぱり、レーラさんのことが、好きだとしか思えなかった。
end
話題:SS
12/08/16