スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

fragile dream



明美譚より明美ちゃん





「お茶を淹れてちょうだい」
微かに香るフローラル。四角い木造テーブルを挟んで目前に立つ少女が着ている白いエプロンの香りだ。
私はこの嗅ぎ慣れた香りが好きだった。いつでも彼女は恐れることなく私の側に来て、笑顔で給仕をしてくれる。彼女の笑顔に、異質な私は平生抱いている使命感を一時的に忘却し安心感を抱く。そんな時必ずこのフローラルが私の鼻を掠めたから。
「お嬢さま、具合が悪いのですか?」
私が愛用しているカップに、今し方急須に淹れた緑茶を注ぎながら彼女は首を傾げて尋ねる。
元より私は顔色が良くない。というのは、齢十五にも満たない遊びたい盛に、私には友人と呼べる存在がおらず、遊ぶことすらも許されていなかったということが関係している。精神的にも肉体的にも、私は塞ぎ込んでいた。
私は笑って首を横に振った。寧ろ彼女といる時が私の一番の幸せだった。
「美味しいわ」
カップに注がれた緑茶に口をつける。
緑茶特有の渋み、甘みが熱く喉を伝っていく感覚。日本人ならば誰でも落ち着くその味わいに、私はほっと息をついた。
私がありがとうと礼を言うと、彼女は白い髪をさらりと揺らし微笑んだ。
その表情に安心感を抱き、私は思わずねえ、と声をかけてしまった。彼女の表情が微笑からきょとんとしたものへと変わる。
しまった、と思った。こんなこと、他人に話したところできっと困惑されるだけなのに。
すぐに何でもない、と言い直したが、彼女は満足してくれないようだ。私とお嬢さまの仲でしょう、と頬を膨らませて拗ねたような表情で迫られる。まあ、それは、確かに。
仕方なしに私は口を割った。
いつか私の力を使わずとも何も起こらないような平和な村になったら。何も心配することなく、外の子供達のように遊んでみたいと。またその時には、貴方に変わらず側にいてほしいと。
そんな日が来るはずもないことは分かりきっている。人々が暮らすから村なのであり、村があって人が生きる限り必ず問題は起こり得る。
この不思議な力を恨んだことはない。けれど、寂しいと思うことはある。
だから、私は叶うはずもないことを願う。そして今唯一の友人である彼女に、恥ずかしくもそれを伝えたのだ。
彼女は馬鹿になどしなかった。いつも通りの優しい微笑でもちろん、と答えてくれた。
何となく嬉しく恥ずかしくて、私も笑ってしまった。今は、この瞬間だけは、私は平凡な少女として、親友と笑いあえている。そんな気がして嬉しかった。実際にそのような境遇に出会したことがないから、確たる自信はないのだけど。
私がお茶を全て飲んでしまい一息つくと、彼女は村長が呼んでいる、と告げた。
私は無言で頷き、空のティーカップを彼女に渡すと立ち上がった。先ほどの喜びは、束の間の夢。現実だってちゃんと分かっている。
私が自室を出ると、彼女もそれに続いた。そしてご無理はなさらずにと声をかけてくれた。大丈夫。今の私は、彼女の存在で支えられているから。

私はこの時、彼女が本当は何を考えているのかなんて知らなかった。知る由もなかった。
ティーカップを盂蘭盆の上に乗せて運ぶ彼女が、私と並んで歩いている最中にふわりと微笑んだのを見て、当時の私は、安らぎすら覚えたのだった。

お花屋さん

'11 6/4 らしいです

ループさとよし

気がつくと俺はベッドの上で目が覚める。
同じ景色。同じ時間。同じタイミングで、下の階から母さんが同じ言葉をかけてくる。
渋々俺は布団から起きあがって、次に由香を起こしに行く。
何一つ変わらない。日付はあの日に逆戻り。
由香がベッドから出てくるのを見届けてから、朝食と両親の待つリビングへ向かう。予想通りのメニューを半自動的に平らげた。父さんと母さんはまた同じ会話をしている。
支度を全て終えてから、由香より早く家を出た。
家を出て、あの曲がり角を曲がれば、良樹がぼうっと空を見ながら、俺のことを待っている。
それで、俺が角を曲がって来るのを見つけた良樹は、へらっと笑っておはよって言うんだ。
ほら。
俺と肩を並べて歩き出した良樹は、笑顔はそのままに昨日バイトで起こった面白いことを身振り手振りで話し始める。
もう何十回も聞いた話で、オチなんか最初から分かってる。けれど俺は何一つ変わらない相槌を打って、良樹がオチを言った後には大笑いする。
何で。どうして笑ってんだよ。俺もお前も、これから死にに行くんだよ。
良樹と笑い合いながら、俺は頭の中であの惨劇のことを思い出していた。放課後になったら、俺たちは呪いのおまじないをして、恐ろしい場所へ迷い込む。みんなも良樹も死んで、俺も死んでしまうと、再び今日の朝に逆戻りする。
全部分かってんだよ。いやだ。またあの苦痛を繰り返すのは。幾度も目にした仲間や良樹の死に顔が頭から離れない。今目の前で良樹は笑っているのに。放課後になったら、またあの血塗れの死体になってしまうんだ。
良樹はふいに照れ笑いしながら言う。今日バイトないからさ、放課後、どこか遊びに行こうぜ。
俺は笑って、いいな、どこに行こうかと返す。全部予め決められていること。もう何度も繰り返してきたことだ。
当たり前の筈の今日の放課後は、俺たちは一生迎えられないんだ。今話している遊ぶ約束だって果たせない。
不意に視界が滲んだ。今し方今日の放課後のことを楽しげに思案していた良樹の瞳が俺に向けられ、驚きで見開かれている。
どうしたんだよ、と良樹が声をかけてくる。おかしい。こんな会話は今までになかった筈だ。こんな展開、俺は知らない。
俺の顔は勝手に笑おうとしていた。何でもない、と取り繕った言葉も僅かに震えている。
それでも、怪訝そうな顔をしつつ良樹は何かあったらいつでも言えよ、と言って、また前方を向いた。
だめだ。またいつもの今日に戻ってしまう。同じ結末を迎えることになってしまう。そんなの、だめだ。
「良樹!」
気づいたら良樹の腕を引き、走り出していた。良樹が驚いた様子で、どうしたんだよオイ、と叫んできたが、無視した。
良樹の腕を掴む手は次第に掌の方へ移動していき、指を絡めた。良樹は、抵抗はしなかった。
そうだ、逃げよう。呪いの手の届かないところへ。
何度も見てきた、変わらない筈の空がとても目新しく非日常的に見えた。
今日の放課後の約束を果たすために。俺たちはどこまでも走った。

女の子

捧げ絵でした。なつかしいー
<<prev next>>