居なかった、予兆は全くと言っていい程無い。
でも『予感』は確かにしていた。
「あー…やっぱりな」
随分とすっきりしてしまった我が家を眺め、悟浄は小さく呟いた。
昼、賭場に向かう時家に有った筈のさまざまな物が無くなっていた。
『荷物』そして『心』までも八戒は持っていってしまった。微かに残る気配の残滓だけが、この空洞になってしまった空間を辛うじて繋ぎ止めているようにも思えて、悟浄は潮笑った。
玄関に直結しているリビング、何時もなら定位置になっていたテーブルの奥側の椅子に座っている八戒と、帰宅の挨拶を交わしていた。
最初こそ、慣れないそのやりとりに息苦しさを覚えていたが、最近ではそれが普通で細やかな幸福にまで感じていたのに。
もう、二度と交わされる事は無いーーーー。
当たり前だと思っていた光景は……
錯覚だったとでも言いたげに
部屋は、屋根を叩く雨音だけが支配する。
あと音が有るとすれば、さして長くもない記憶を引っ張りだし妙に乱れた心音だけだ。
混ざりあえない不協和音。
脳裏に蘇るこれまでの軌跡―――。
『協奏曲』にさえなれない、不快な、音。
その音をきっと八戒も聞いている筈だ。守る物を捨て、感情を殴り付けるように降る雨に濡れながら。
雨に紛れてあの整った顔をを歪ませているに違いない。
今ならまだ、追い付いて『帰ってこいよ』と言える筈なのに。そうする勇気すら悟浄には無かった。
この家にはまだ、記憶が生きている。貼り合わせたストーリー性にかけたフィルムのように。
悟浄はひとつ溜め息を吐いて、開け放したままだった玄関の先、雨の降りしきる外へ足を進めた。
泣いたままの始まりと同じ雨。
そして、終わりも冷たい雨ーーーー。
リプレイされる記憶が、胸を抉る。
泣き止まない空に向き合うように悟浄は天を仰いだ。
静かに紅の瞳を閉ざし、煩くなっていく心音と雨音で紛らわすように言う。
『じゃあな……』
同じ雨のあの日から
好きだった
とーーーー
今の状態だと文章安定しませんね(/´△`\)
頑張ります