【小話】こいごころ【エッセイもどき】
昨晩の雨漏り事件があんまりにもショックだったのでエッセイ風にしたためてみました。
特にオチもなんもないです。
お暇な方は追記へ。いらはいなー
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主に散文とかピアプロ用の歌詞とか置き場です。小説もたまに書くよ。只今サイトから移転作業中。
昨晩の雨漏り事件があんまりにもショックだったのでエッセイ風にしたためてみました。
物語の中の人に恋するように、本に恋する人がいる。
私がそれを知ったのは、午前零時を過ぎたある秋の入り口のことだった。そとは例年通り台風が外出を遮り、夏を追い出そうとする風が雨と一緒に窓を打ち鳴らす。季節の楽団はいかにも仄暗い世界を外から見せ付けるけれど、上手くいかない就職活動から鬱々と怠惰に横になっていた私にはちょうどよいくらいで、何もかも上手くいかないと家族に嘆いては過剰な甘味摂取に勤しむ精神にはもってこいの天気だった。そのときも一日中止まない嵐の中で、外出なんぞできるものかと近づく卒論の概要発表の期日に目をそらしてまどろみに投じていた。ふわふわうつら、長い眠りからくる鈍痛と心地よい扇風機の風。外は嵐だ。これは仕方のないことなんだと誰に向かってか分からない言い訳をくり返していた。
そう、外は嵐なんだ。だから出てはいけない。
そうしてとっぷりとコーヒーに浸かったように、窓の向こうが真っ黒になった頃だ。さすがにまずいと思い始めて、せめてと購入に踏み切ったある雑誌の復刻本を開いた。この本はすてきなもので、常々手にしたいと思っていたとても古い雑誌を、当時の出版社を遍歴にもつ出版社が発行したものだった。二十年を超える雑誌の内容はとても読みきれるものではなく、とくにすてきな部分を抜粋して、上下一組五巻の本として出版された。そこらの図書館では見ることもできない宝箱の中身が、一部分といえど、この手の中でめくられることにとても興奮していた。興奮しすぎて卒論を忘れるほどには。ゼミの先生から二ヶ月ぶりにきたメールに青褪めた私は、そのときようやく研究のことを思い出したのだ。
なぜだか開くのがもったいなくて、数度しか開かなかったページをじっくりと読む。カタカナ、ひらがな、旧漢字。送り仮名も現在と違っていて、それだけで面白い。私が少し古い時代の文章を好んで読むのは、課題のためというのもあるけれど、時代と文化が入り混じった多様な言葉の使い方に惹かれたからかもしれない。
外は嵐だから。そう思い自宅から一時間近くかかる所蔵図書館に向かわなかったことを後悔していたときだった。外出を躊躇する言い訳になるほど強かった雨脚が、家の壁を暴こうと努力しているように強くなっていく。心地よく感じていた風と雨は楽団で甘んじる気はないらしく、パーカッションどころか大太鼓ばかりに徹し始めていた。
雨漏りを気にして母が声をかける。我が家の壁はそうとう劣化しているらしく、大きな雨のたび、木板の壁が色を変えるようになっていた。居間兼台所を出て、自室へと階段を上る。
私の部屋は西を向いた、クリーム色の壁紙に内張りされていた。少し気取ったお菓子の箱みたいで、脇に据えたアップライトピアノが部屋の主となっていた。最近はこれのふたを開けることはめったになく、大枚をはたいて買った両親にほんの少し申し訳なくなる日々だ。クローゼットを開けた。私は所蔵している本や漫画のたぐいのほとんどを、ここに放り込んでいる。
そとは嵐なんだ。
いっとう凝ったお菓子がいくつも仕切りに収められているように、私のクローゼットにはホームセンター製の安っぽいカラーケースが並ぶ。三つ並んだちょうど右の白いケースの端が、キャラメルを溶かしたように濡れていた。きっと、悲鳴でも上げていたんだろう。慌てて上げってきた両親が脚立を開いて、天板の向こうを覗き込んだ。クローゼットの壁を隔てた我が家の外壁に亀裂が入っているようで、そこから垂れた雨が私の部屋に浸食したらしい。カラーケースからあふれて積み上げられていた本たちが、角を沿って滲みだした雨水を吸って、壁と同じキャラメル色の染みを作っていた。
この本はもう駄目だ。湿った木のにおいが手にしたページからする。倍にふやけた紙の束が、いっそう重く感じた。もう、この本はだめだ。鼻の奥が痛んだ。寄りかけるように設置していたケースをすべて手前に引き出し、背面に周って倒れた本たちを確認しようと身を乗り出す。無理に傾げた首を攣らせて、駄目になった本に、情けないやら悲しいやらがない交ぜになって胸を圧してくる。幸いというか、被害は四冊程度で済んだのだけれど、画が肝心の漫画だったので処分するしかなくなってしまった。本は読むもので、読まれないものは本ではない。読み飽きたわけでもないのに処分するしかなくなってしまったのだ。
その後の自分は、とてもハタチを過ぎた女のものではなく。やむを得ず本を処分するという事実に打ちのめされ、けれど子どもっぽくダダをこねる訳にもいかず。ただ半ば茫然自失に濡れたカバーを撫で付けては落ち込んだ。とっくに飽きるほど読んだ中古の漫画。中身は無事だけれど、湿ってふやけた絵本の背表紙。クローゼットの肥やしになりかけていた彼らを、もう置いておくことはできないのだと、ただただ落ち込んだ。
まだ外は嵐だ。
罅の入ったガラスのように、我が家の雨漏り箇所が分かればそれほど苦労しなかったろう。はたまた両親がさっさと外壁の亀裂の修繕に急いでくれればよかったのか。社会に出ても居ない親のすねかじりに家に関する発言権は皆無だ。そこに在ることが当たり前だった私の宝物は、いつでも箱の外へこぼれていく可能性を持っている。私は在るための努力をすべきだったのだ。
私が失したものは嵐が連れてったのだ。
欲張りから抱え込んだものの一つが本だと思っていた。こぼれてしまえばそれまで、また新しいものを抱え込めばよろしい。そんな訓があるのだと、自分はそういう人間だと思っていた女は、自分のこころがこぼれたものにあったとは考えもしない。
私が嵐の音におびえて、けれど言い訳たると安堵して、そうして失くしたのは心を占めているものの一部だった。それは絵空事のような恋心のようで、少女風を吹かして読んだ甘い物語の一コマでヒロインが陥る、鈍痛を覚える破れた一ページ。
勢いを増して、風は窓の外から殴り続けている。物語の中の人に捧げる恋ほど不毛なものは無いと人はいうけれど、それよりずっと、芽生えもしない想いを抱き込むことが出来るのだと思った。
性 別 | 女性 |
職 業 | 大学生 |
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