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薫風に舞う照葉

りあたいに投下したおりじなお話です。

おりじと言っても新撰組…ってか試衛館時代の土方さんと幼なじみ(♀)の恋愛要素ゼロのダラダラとした小咄。フィクションです。史実的なアレは出す間もありませんでした(笑)
幼なじみの名前は固定されてます、すんません。土方さんは私の勝手なイメージが入ってますし、幼なじみは全く可愛くありません、すんません。









薫風に舞う照葉
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蝉の鳴き声が五月蝿い。

江戸の中心部から少し離れた川縁で、チラチラと揺れる木洩れ日の下に寝転がった歳三は、大きな欠伸を一つした。
先ほど見知らぬ男に思い切り殴られた左頬に鈍痛が走る。男の拳は避けられなかったわけではない。避けるのが面倒だったから避けなかっただけだ。…恐らく。


「こんなとこでなにしてんだー、お前」

聞き慣れた声がした。上半身をゆっくりと起こすと、足の先に立っている幼なじみの姿が目に入る。

「…昼寝」
「ウソこけ。左側腫れてますけど」
「ウソじゃねーよ」

半分は合ってるようなもんなんだけど…そう言おうかと思ったが、億劫だったのでやめておいた。気怠げに腕組みをして自分を見下ろす年下の女は、くくっと笑って纏め上げた髪の毛をふわりと揺らした。

「また誰彼構わず手ェ出して、連れの恨み買ったんだろ」
「………」
「…なんだ、図星か」
「ちげーよ、向こうが勝手に言い寄って来ただけだ。好みじゃねーからどっか行けっつったらそれをどこで聞きつけたか、そいつの兄貴だとかいう男が出て来てよ、妹を辱めたなー!…とかなんとか言われて殴られた」

よくよく考えると、あまりにも一方的過ぎやしなかっただろうか。改めて自分が殴られた状況を冷静に分析し直してみて、歳三はあれ、と思った。俺、なんも悪くなくね?むしろ俺、被害者じゃね?

「テメーの日頃の行いが悪いからだよ。どうせやるこたやったんだろ?自業自得だアホ」
「アホ言うな。なんもやっちゃいねえよ…今回は」

本当かよ、と疑り深い眼差しを向けてくる幼なじみから、歳三は目を逸らした。昔からこの女に言い争いで勝てた試しがない。

「全く、そこらのおなごの目は節穴なんだろうか。私にゃこんな木綿豆腐みてーな奴のどこが好いのか、さっぱり判らん」
「んだとコラ。…まあ牛蒡みてーな色気もクソもねえ身体した男女に惚れられたくもねーけどな」
「安心しろ。たとえ天地がひっくり返ったとしても、お前とだきゃあ間違いは起きん」

互いに笑顔を向ける。が、互いに目は笑っていない。一瞬その場が極寒地帯に変わったが、油蝉の鳴き声が直ぐに気温を本来のものに戻してくれた。

「で、なんでおめーがんなとこにいんだよ、椛」

歳三は頭を掻きながら、腕を組んだままの幼なじみを再度見上げた。椛(もみじ)、それが彼女の名である。

「遣いだ。総司の葛餅と左之助の饅頭、それからおかみさんに刺繍糸。敬助に写本用の筆も頼まれてたんだけど良さげなの無くてな、帰ったら詫びんと…」

椛は袖を振って答えた。群青に薄青の花弁を散らした右側の袖が、重量感のある揺れ方をした。

「というわけで、私は今から試衛館に帰るとこだ。トシも寄るだろ?」
「…おう」

ふっと笑みを浮かべる椛。歳三も思わずそれにつられる。湿った夏風が、二人の頬を撫でて行った。

「おい、ちょっと手ェ貸せ」
「ああ?嫌なこった」
「いいから、貸せっての」
「…ったく、一人で起きらんねえぐらいやられたんか。ぷっ、だっせえなお前」

毒づきながらも、左手を差し出す幼なじみ。右手を出さなかったのは、葛餅と饅頭のことを考慮して、だ。
ムッとしたが、差し出された左手を掴み、引かれる勢いで一気に立ち上がる。木陰から一歩踏み出したそこは、鋭い日差しに照りつけられていた。

「葛餅と饅頭、俺の分もあるんだろうな?」
「さあ、どうだろう。総司はともかく、左之助は遠慮なく食うからな」

さらりと解かれた右手で尻を払い、歳三は椛と共に足を進めだした。

「…食いながら帰るか」

ん、と袖の中から饅頭を一つ取り出し、椛は隣の歳三に放った。歳三は慌てることなくそれを受け取り、一口食いちぎって頬張る。

「勝ちゃんは?もう戻って来たか?」
「いんや、予定じゃ今日だったんだがまだだ。なんせ久々に地元での出稽古だからな、ついつい長居しちまってんだろ…つーかいい加減その呼び方止めてやれよ。今は近藤勇だぞ?」
「勇ねえ…どうも慣れん。あの人にゃちと厳めし過ぎやしねえか」
「…それは私も思うけど」

歳三と椛、些細な口喧嘩はしょっちゅうだが、不思議なことにウマは合った。付き合いの長い近藤勇や沖田総司に言わせてみても、あの二人は良くわからん。仲が良いのか悪いのか…ウマが合う理由は全くもって謎。まあ、人と人の相性の良し悪しに理由なんてないのかもしれないが。

「まあ勝ちゃんの方が呼びやすいっちゃ呼びやすいけどな。…トシ、やっぱ勝ちゃんは勝ちゃんのがいいな」
「その呼び方止めてやれっつったのァ何処のどいつだオイ」

土方さんと椛のやりとりは、まるで夫婦漫才を見ているかのようだな。少し前から試衛館に出入りするようになった永倉新八に、彼らはこう表現されている。そして彼らは決まって永倉に、誰と誰が夫婦だって!?とツッコミを入れるのだ。息をぴったりと揃えて。

少しだけ傾いた陽を背にし、そんな二人は試衛館へと向かうのであった。



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とうとうやっちゃいましたね(笑)多分またなんか書くと思いますが、ガス抜き程度のダラダラ小咄なので温い目で見てやって下さい。

真白に散る*2

※いつぞやかに上げてた「真白に散る」の続編的なものです。例の如く完全捏造プラスヒロインはプチ連載の茜で固定されちゃってます。そこの所はご了承下さいませ。
死ネタちっくな香りが漂っておりますのでご注意を。






-*-*-*


-北の地に、散る-



銃声が聞こえた。
それは近く、だがしかし何故か何処か遠くで響いた様に思われた。

馬上から滑り落ち、土方はどさり、と仰向けに倒れた。
痛え。土方は空を仰ぎながら思った。腹部から紅が滴り落ちて彼が横たわる地面を染めて行く。


(…俺はまだ、死ねねえ…)

土方は起き上がろうと腕を立てた。が、腹部に走る痛みのせいで全く力が入らない。


(…くそ、)

チラと視線を横へ流すと、関門の向こうに上る小さな煙が見えた。
行かなければ。あそこへ、あそこで戦う真選組の元へ、行かなければ。約束したんだ、必ず助けに行くと。預けた刀を受け取って、背中合わせて戦おう、と。


(…アイツらの、ところへ…)

アイツらの元へ、行かなければ。あの夜交わしたアイツとの約束を、果たさなければ。
奥歯を噛み締めた土方の視界が次第にぼんやりと霞みだした。先程まであれだけ感じていた痛みも、不思議と何処かへ消えている。


(…茜…すまねえ…)

約束、守れそうにねえかもしれねえ。






―…‥





銃声が聞こえた。
何処か遠くで、しかし何故か驚く程鮮明に一発の銃声が耳に届いた。


『チッ…キリがねえなオイ』

右手にピストルを構えた茜は一向に退く気配の無い新政府軍からの攻撃に真選組の分隊と共にじっと耐えていた。函館市中が敵側の手に落ちた今、茜達が籠城するこの弁天台場は完全に孤立化してしまっていた。


『…状況は?』
「相馬の指揮で奴等、攻めあぐねちゃあいるが…あんまり良い状況とは言えねえな」
『そうか、』

隣りにしゃがむ島田の解説に溜息だけ吐いて、茜は茂みの向こうに見える海を見渡した。海上に浮かぶ艦隊からはこちらに次々と砲弾が打ち込まれている。


「食糧、火薬の蓄えも最早殆ど…」
「…ったく、これしきの事で負けたりなんかしたら、真選組の名が泣くぜ」
「別動で戦ってる土方さんにも顔向け出来んよ」
『…全くだ』

ふと、茜は土方の事を考えた。あの夜以来連絡も何も取れていない。腰にある和泉守兼定が嫌に冷ややかに感じられる。
アイツが簡単にくたばる筈がない。そう信じていないわけではないけれど、今の自分達の状況が状況なだけに少し不安になった。弁天台場以外の場所は何処も陥落寸前なのだ。


(土方…お前は、)



―ガササッ

「『!!!』」

その時、背後で激しく木の葉が鳴った。チラリと覗いた装束は、味方の軍勢のものではない。


『おっとォ…奴さん方、こんなとこまで来てたみてーだな』
「歩兵隊は一足早く上陸してやがったのか」

刀を構えた官軍達は徐々に姿を現した。数は大した事ない。こっちも数える程だが、その中には戦い慣れした連中が多く居る。


「不意をついたつもりかもしんねえが、こちとら白兵戦は十八番でね!」

刀を抜いた島田がまず最初に飛び出した。その後を追って他隊士達も官軍相手に斬り掛かる。


『てめえら臆するな!』

茜も右手のピストルで弾丸を放ちながら味方の士気を高め、一気に最前へと躍り出た。刀を振り上げ襲って来る敵を一人一発で的確に仕留めて行き、どんどん道を切り開く。


―カシン、


『!』

しかし、肝心な所でピストルが虚しい鳴声を上げた。


(チッ、弾切れか…!)
「貰った!!」

茜に弾を装填する間を与えまいと、立ちはだかった一人の官軍兵士が彼女目掛けて勢い良く刀を振り下ろす。
茜は咄嗟に腰にある土方の愛刀を抜いた。金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。


『ぐ…くっ、』
「ふん、女子に刀は不向きだろう!」

間一髪で一撃を受け止めたものの、茜は剣での戦いにはやや不慣れ。ニヤリと笑った官軍兵士は和泉守兼定を思い切り押し弾いた。
弾かれ尻餅をついた茜は直ぐさま体制を立て直し両手で柄を握り、目前の男を見据えた。


(やっぱお前、剣の才はイマイチだな)
『…え、』

ふと、聞こえる筈のない声が耳元で響く。まさかと思い素早く辺りを見渡すが、当然あるのは共に戦う島田達の姿だけ。


(肩に力入り過ぎだ、馬鹿)

また、聞こえた。そして更に、柄を握る茜の両手は上からそっと何かに包まれている様な感覚を覚えた。

茜は深呼吸を一つして、男へと向ける視線を変えた。かつて江戸で真選組の副長に仕え、彼と共に攘夷浪士達を震撼させていた時のそれに。


(刀も銃も同じだ。コイツにてめえの魂ぶち込んでやれ)
『…女子に刀は不向きだァ?うっせえんだよ、俺を誰だと思ってやがるクソ野郎』
(…気負うな茜。俺が、付いてる)
『真選組副長補佐、壱ヶ谷茜だ』

ぎらり、鈍く煌めいた和泉守兼定の切っ先で紅い花びらが舞い散った。






―…‥



『奴等が降伏勧告を?』

どうにか敵歩兵隊を斬り躱し台場制圧を阻止して本陣へと戻って来た茜達に、相馬の口から官軍側の意向が伝えられた。


「冗談じゃねえ!俺達ゃまだまだ戦れる。降伏なんぞするくらいなら俺ァ腹斬るぜ」
「まあ待て」

直ぐに熱くなる島田はダンと机を叩いて吠えた。それを諫めながら相馬は続ける。


「ひとまず、明日俺が本営の意志を確認しに五稜郭まで行こうと思う」
『そうか。頼む、相馬』

隅に控えて腕組みをしていた茜は相馬を一瞥して言った。彼女に答える形で、相馬はこくりと小さく頷く。茜はついでに土方について何か…と言おうとしたがやめた。そんな事を口にしたら、土方を敬慕している島田が止まらなくなる。


「そ、相馬隊長!壱ヶ谷副隊長!」

その時、一人の隊士がバタバタと慌ただしく飛び込んで来、その場に崩れた。彼の表情は固く強張り、口元は小刻みに震えているらしく見える。


『どうした、敵か?』
「い、いえ、そうではなく…」

駆け寄った茜もそこにしゃがみ込み、気持ちを落ち着けてやろうと震える隊士の肩を優しく撫でる。茜の顔を見上げた隊士の瞳から、大きな雫が零れ落ちた。


「土方、総督が―…」





「…嘘だ」

沈黙を破ったのは茜や相馬、島田同様に江戸からずっと土方に付き従って来た中島だった。彼もまた土方を心から尊敬し、慕っていた。


「…嘘だ、そんな、土方さんが…」
「…そうだ…そんなの、嘘に決まってる」

次に島田が拳を震わせながら口を開いた。


「土方さんはそんな簡単にやられたりする様な人じゃねえ…!」
「し、しかし、添役の大野先生がおっしゃったんです!劣勢にも関わらず孤立した我らを救出するため、前進していた最中に…」
「嘘だ…嘘だ、嘘だ嘘だ!!」
『…やめろ。落ち着け、お前ら』

動揺し始めた島田達を茜は静かに諭し、隊士に続ける様促す。


「…一本木関門付近で、被弾、されたと…」
「…ふざけるな…!!そんな事ある筈が…!!」
『やめねえか島田!!!』

茜は背後を一喝した。彼女の怒鳴り声に気圧された島田は思わず口を噤んだ。


『…良く報せてくれたな。ありがとう。下がっていいぞ』
「は、はい…失礼します」

隊士の肩をぽんと叩き、茜は立ち上がった。隊士は深く一礼して本陣を去った。


「…おい壱ヶ谷、お前まさか信じるとか言うんじゃないだろうな」

隊士を見送った茜の背中に中島が投げ掛けた。茜は答えず、振り向きもしない。


「…冗談だろ?おい茜!」

島田が茜の肩を掴み、無理矢理自分の方へと向かせる。茜は冷めた目だけを自分の肩に手を置く島田に向けた。


「…ふざけんな。何とか言えよお前…!」
『………だろ…』
「あ?」
『信じられるわけねえだろ!!』

島田の胸倉を力一杯掴んで、茜は声を荒げた。周りの連中は皆一様に息を飲む。


『信じられるわけねえだろ…俺だって大声で否定したかった。けど、アイツを怒鳴り付けたところで何になる』

茜は握り締めた手を緩め、先程報せに来た隊士が出て行った方をチラと見た。
アイツも辛かった筈だ。こんな報せ、俺達に伝えるなんざ。島田を放した茜はくるりと踵を返して彼等に背を向けた。


「…何故そんなに冷静でいられる、壱ヶ谷」
『…お前は常に冷静であれ。江戸にいた頃から俺は土方に言われてんだ』

茜は一人、静かに外へ出た。

―土方に。隊士達は皆、閉口した。土方という存在は彼等にとってあまりにも大き過ぎた。


「…冷静でいられる筈がない」

ぽつり。黙っていた相馬が呟いた。島田と中島が様子を伺う様に彼の方を見やる。相馬もどちらかといえば落ち着いた男で、そこまで熱くなりやすい質ではない。


「誰よりも長く、誰よりも近く副長の傍にあったのは他でもない、アイツなんだからな」





星が燦然と瞬いている。
北の地の夜空を仰ぎながら茜は腰に差さる刀にそっと触れた。今まで何とも思っていなかった土方の刀が、やけに重く感じられる様になった。


「壱ヶ谷、冷えて来たしそろそろ入れ。アイツらも大分落ち着いた」

相馬が茜の隣りに立った。茜は少しだけ横を向いて、また直ぐに視線を上空へと戻す。


「…大丈夫か?」
『ああ、』

相馬も星空を見上げた。街燈もネオンも少ないそこは、江戸とは違い溢れる様に星が煌めいている。二人はそんな自然の美観を暫くじっと見詰めていた。



『…約束、してたんだ』
「約束…副長とか?」

相馬は茜の方を見た。既に彼女は夜空ではなく、ただ目の前を茫然と眺めていた。そしてその頭を次第に落として行く。


『…ああ。この刀俺に渡した時、アイツ言ったんだ。必ずお前らの所に行くから、また一緒に戦おうって。そん時までコイツを預かっててくれって。だから俺はこの刀預かって、近いうちに必ず返すって約束、してたんだ。

…でも、返しそびれちまったな』

和泉守兼定の鯉口が軋り、悲しげに鳴いた。


『約束、したんだけどなァ…』





―籠城から五日後。
弁天台場は新政府軍からの降伏勧告を承諾した。そして更にその三日後には、本営・五稜郭も遂に降伏する。

ここに於いて、長きに渡る旧幕府側と新政府側との戦いが旧幕府側の敗北という形で終息したのだった。








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…なんか想像以上に長くなっちゃった。それこそ長きに渡っちゃった。てゆーかこれ殆どオリジナルじゃね?土方さん出番皆無だし←
実はこれまだ続きがあったりします。けど、それはまた更に大いなる捏造なのでね、はい。どうしようかなあ…

真白に散る

※ほんの出来心です。史実やなんかとは関係ない、完全なるフィクションです。ヒロインは便宜上プチ連載の茜になってます(一番書きやすかったので…)。名前変換が無いところはどうか御了承下さい。珍しくシリアス街道まっしぐら。




-もしも真選組・土方さんが北に向かったら-







―コンコン、

軽快なノック音が土方十四郎の洋室に響いた。来たか。土方は洋式の回転椅子から腰を上げ、入れと扉の向こうの人物に一声かけた。きい、と小さく扉が軋む。


「すまねえな、いきなり呼び出して」
『いや、』


扉を押して入って来た女は土方に促されるまま中央に置かれたソファに座った。
濃灰色の髪を右耳の上で高く束ね腰にピストルを携えた彼女は、かつての真選組監察方の総取締役であり副長土方の補佐を勤めていた壱ヶ谷茜である。北へ北へと上るに連れて元よりの隊士の数は最早数える程になってしまっているが、茜はその数少ない中の一人であった。


「お前に、頼みがあってな」
『なんだ』


短く返事をした茜は腕組みをして自分の目の前に腰を落ち着けた土方を見やった。土方は暫くその三白眼伏せていたが、意を決したかの様にぱちりと開くと茜を刺す様に見た。そして口を切る。


「お前には、遊撃隊を率いて弁天台場へ行って貰いたい」


途端、茜の顔は強張った。自らが兵を率い戦地へ向かう事に恐怖したわけではない。彼女が一番聞きたくなかった言葉が、土方の口から出て来たからだ。


『…それは、お前の側から離れて、って事か』
「ああ」


苦く言う茜に対し、土方の物言いはさほど重くはなかった。それにも茜は眉を寄せた。


『…なんで、俺だ』
「お前の腕は皆が認めている。榎本さんや大鳥さんも良いと言ってくれた」


土方は暗い茜の瞳を見た。点火式のランプが二人の姿を煌々と照らしている。


「…嫌、か?」


茜は腕を組んだまま、じっと口を噤んでいる。嫌、か…などと、わざとらしい。自分が決して自らの感情で動かぬという事を一番良く知っているのは土方ではないか。茜の眉間に皺が一つ、深く刻み込まれた。


『…俺は、ずっとお前の側で戦ってたいと、思ってた』
「…今、あそこで踏ん張ってる島田達の支えになってやれんのは、お前しかいねえんだ」


茜は奥歯を噛み締めた。


『俺は…俺は、副長補佐なんだぞ』
「…俺はもう、真選組副長じゃねえよ」


悪い意味でどきりとした。取り換えようの無い事実が、土方と茜の間にありありと横たわっている。上司と部下に変わりはない。だが土方は旧幕府軍陸軍奉行並と名を変えた。かつて江戸でその名を馳せた鬼の副長はもう、何処にもいない。
茜は閉口し、俯いた。悔しさのあまり下唇を噛んで。


「そんな顔すんじゃねえよ。函館市中が落ち着いたら、俺も必ずお前等の所へ行く」


土方はちらりと茜のつむじに目をやり、座り心地のそこそこに良いソファから腰を持ち上げた。


「そん時ゃまた、背中合わせて戦ろうや」


そして自分の腰のベルトに刺さっている和泉守兼定を鞘ごと抜いて、頭を垂れる茜の目前に突き出した。茜が不可解そうに顔を上げると、土方は続ける。


「それまでお前に預けておく。俺の、魂だ」


江戸にいた頃から、ずっと土方を守り続けていた刀。数多の白刃を、ずっと土方と共に切り抜けて来た刀。
茜は無言のまま立ち上がり、冷たい鞘を手に取った。ぎゅ、とそれを握ると頭一つ上にある土方の黒い瞳を見る。ランプの火が小さく揺れた。


『土方、』
「預かって、くれるな」


こくり。渋々ながら首を縦に振った茜の頭に土方は優しく触れた。撫でる、とまではいかない。触れただけだった。


「…茜、」
『…久々だな。お前にそう呼ばれるのは』


こちらに来てから自然、土方は彼女を名前で呼ぶ事を控えていた。大抵は苗字か、官位か。昔はしょっちゅうそう呼ばれていたのだが、今となって改めて呼ばれると少し不思議な感覚だった。


「もし…」


土方は言葉を止めた。言うべきか、言わざるべきか、しばし迷った。肝心なところで尻込みするのはこの男の悪い癖である。
唾を飲み込み、腹を括った。


「…もし、この戦が終わったら…」


そうしたら、共に―…
とは、言えなかった。土方の口を茜の掌が覆っている。茜は左手をそのままに、ゆるゆると首を横に動かした。


『今は聞けねえ。聞いたら、折角の決心が折れちまうだろ』


茜は土方の口元から左手を離すと、肩を竦めて微笑した。彼女本来のさっぱりとした笑みだった。


『じゃあ、俺は行く』
「ああ」


右手の刀を腰に刺すと、茜は土方に背を向けて絨毯の上を歩いた。が、扉のノブを引いてから数秒、そこで足を止めた。振り向きは、しない。


『…死ぬなよ。十四郎』


バタンと木の扉は閉まった。
途中、通り掛かった榎本の隣りを、茜が浅く会釈をして足早に去って行った。彼女の表情が如何様なものだったのか、榎本には判らない。



温もりは消えねえな。土方は茜の頭に触れた掌をじっと眺めていた。

―コンコン、

また、扉が鳴る。今度の奏者は総裁・榎本だった。絨毯を踏んだ榎本は、土方を一瞥すると欧米紳士風の髭を撫でながら言った。


「壱ヶ谷君に、伝えたのかい?」
「ええ。アイツは明日にでも発つでしょう」


昔から仕事の早い奴ですから、と土方は榎本に微笑んだ。しかしその微笑みは些か見るに堪えなかった。何処か痛々しい。


「良かったのか?本当に」
「何がです?」
「…確かに、僕も彼女が弁天台場へ向かう事に賛成した。しかし貴方は本当は…」
「良いんですよ、これで」


本当に、良いんです。まるで自分にそう言い聞かせるかの様に、土方は一度だけかぶりを振った。これには榎本も閉口する。


「ただ…」
「?」


ぽつり、土方は漏らした。


「ただ…欲を言えば、戦に出る前に一度だけ、アイツをこの手で抱き締めてやりかった」


未だ暖かみの残る掌をきつく結び、土方は窓の外の宵闇を見た。彼の不幸は、惚れた女が最も優れた部下だったという事だろう。


「ははは、安心した。土方さん、貴方もどうやら人の子らしい」
「…失敬な」


そう言うと、二人はどっと笑い出した。ランプの火も釣られて揺らめく。


「勝とう。この戦、必ず」


榎本は強く土方を見据えた。応える様に、土方も榎本の双眸を見る。


「ええ、必ず」


握り締めた右掌は、尚も仄かに温もりを帯びていた。









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ああ、もっと隅々まで勉強したいぜ幕末に限り。戦国もいいですけどね。とにかく、志を強く持って何かに突き進んで行ったオトコ達は皆格好いい。
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