※いつぞやかに上げてた「真白に散る」の続編的なものです。例の如く完全捏造プラスヒロインはプチ連載の茜で固定されちゃってます。そこの所はご了承下さいませ。
死ネタちっくな香りが漂っておりますのでご注意を。
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-北の地に、散る-
銃声が聞こえた。
それは近く、だがしかし何故か何処か遠くで響いた様に思われた。
馬上から滑り落ち、土方はどさり、と仰向けに倒れた。
痛え。土方は空を仰ぎながら思った。腹部から紅が滴り落ちて彼が横たわる地面を染めて行く。
(…俺はまだ、死ねねえ…)
土方は起き上がろうと腕を立てた。が、腹部に走る痛みのせいで全く力が入らない。
(…くそ、)
チラと視線を横へ流すと、関門の向こうに上る小さな煙が見えた。
行かなければ。あそこへ、あそこで戦う真選組の元へ、行かなければ。約束したんだ、必ず助けに行くと。預けた刀を受け取って、背中合わせて戦おう、と。
(…アイツらの、ところへ…)
アイツらの元へ、行かなければ。あの夜交わしたアイツとの約束を、果たさなければ。
奥歯を噛み締めた土方の視界が次第にぼんやりと霞みだした。先程まであれだけ感じていた痛みも、不思議と何処かへ消えている。
(…茜…すまねえ…)
約束、守れそうにねえかもしれねえ。
―…‥
銃声が聞こえた。
何処か遠くで、しかし何故か驚く程鮮明に一発の銃声が耳に届いた。
『チッ…キリがねえなオイ』
右手にピストルを構えた茜は一向に退く気配の無い新政府軍からの攻撃に真選組の分隊と共にじっと耐えていた。函館市中が敵側の手に落ちた今、茜達が籠城するこの弁天台場は完全に孤立化してしまっていた。
『…状況は?』
「相馬の指揮で奴等、攻めあぐねちゃあいるが…あんまり良い状況とは言えねえな」
『そうか、』
隣りにしゃがむ島田の解説に溜息だけ吐いて、茜は茂みの向こうに見える海を見渡した。海上に浮かぶ艦隊からはこちらに次々と砲弾が打ち込まれている。
「食糧、火薬の蓄えも最早殆ど…」
「…ったく、これしきの事で負けたりなんかしたら、真選組の名が泣くぜ」
「別動で戦ってる土方さんにも顔向け出来んよ」
『…全くだ』
ふと、茜は土方の事を考えた。あの夜以来連絡も何も取れていない。腰にある和泉守兼定が嫌に冷ややかに感じられる。
アイツが簡単にくたばる筈がない。そう信じていないわけではないけれど、今の自分達の状況が状況なだけに少し不安になった。弁天台場以外の場所は何処も陥落寸前なのだ。
(土方…お前は、)
―ガササッ
「『!!!』」
その時、背後で激しく木の葉が鳴った。チラリと覗いた装束は、味方の軍勢のものではない。
『おっとォ…奴さん方、こんなとこまで来てたみてーだな』
「歩兵隊は一足早く上陸してやがったのか」
刀を構えた官軍達は徐々に姿を現した。数は大した事ない。こっちも数える程だが、その中には戦い慣れした連中が多く居る。
「不意をついたつもりかもしんねえが、こちとら白兵戦は十八番でね!」
刀を抜いた島田がまず最初に飛び出した。その後を追って他隊士達も官軍相手に斬り掛かる。
『てめえら臆するな!』
茜も右手のピストルで弾丸を放ちながら味方の士気を高め、一気に最前へと躍り出た。刀を振り上げ襲って来る敵を一人一発で的確に仕留めて行き、どんどん道を切り開く。
―カシン、
『!』
しかし、肝心な所でピストルが虚しい鳴声を上げた。
(チッ、弾切れか…!)
「貰った!!」
茜に弾を装填する間を与えまいと、立ちはだかった一人の官軍兵士が彼女目掛けて勢い良く刀を振り下ろす。
茜は咄嗟に腰にある土方の愛刀を抜いた。金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。
『ぐ…くっ、』
「ふん、女子に刀は不向きだろう!」
間一髪で一撃を受け止めたものの、茜は剣での戦いにはやや不慣れ。ニヤリと笑った官軍兵士は和泉守兼定を思い切り押し弾いた。
弾かれ尻餅をついた茜は直ぐさま体制を立て直し両手で柄を握り、目前の男を見据えた。
(やっぱお前、剣の才はイマイチだな)
『…え、』
ふと、聞こえる筈のない声が耳元で響く。まさかと思い素早く辺りを見渡すが、当然あるのは共に戦う島田達の姿だけ。
(肩に力入り過ぎだ、馬鹿)
また、聞こえた。そして更に、柄を握る茜の両手は上からそっと何かに包まれている様な感覚を覚えた。
茜は深呼吸を一つして、男へと向ける視線を変えた。かつて江戸で真選組の副長に仕え、彼と共に攘夷浪士達を震撼させていた時のそれに。
(刀も銃も同じだ。コイツにてめえの魂ぶち込んでやれ)
『…女子に刀は不向きだァ?うっせえんだよ、俺を誰だと思ってやがるクソ野郎』
(…気負うな茜。俺が、付いてる)
『真選組副長補佐、壱ヶ谷茜だ』
ぎらり、鈍く煌めいた和泉守兼定の切っ先で紅い花びらが舞い散った。
―…‥
『奴等が降伏勧告を?』
どうにか敵歩兵隊を斬り躱し台場制圧を阻止して本陣へと戻って来た茜達に、相馬の口から官軍側の意向が伝えられた。
「冗談じゃねえ!俺達ゃまだまだ戦れる。降伏なんぞするくらいなら俺ァ腹斬るぜ」
「まあ待て」
直ぐに熱くなる島田はダンと机を叩いて吠えた。それを諫めながら相馬は続ける。
「ひとまず、明日俺が本営の意志を確認しに五稜郭まで行こうと思う」
『そうか。頼む、相馬』
隅に控えて腕組みをしていた茜は相馬を一瞥して言った。彼女に答える形で、相馬はこくりと小さく頷く。茜はついでに土方について何か…と言おうとしたがやめた。そんな事を口にしたら、土方を敬慕している島田が止まらなくなる。
「そ、相馬隊長!壱ヶ谷副隊長!」
その時、一人の隊士がバタバタと慌ただしく飛び込んで来、その場に崩れた。彼の表情は固く強張り、口元は小刻みに震えているらしく見える。
『どうした、敵か?』
「い、いえ、そうではなく…」
駆け寄った茜もそこにしゃがみ込み、気持ちを落ち着けてやろうと震える隊士の肩を優しく撫でる。茜の顔を見上げた隊士の瞳から、大きな雫が零れ落ちた。
「土方、総督が―…」
「…嘘だ」
沈黙を破ったのは茜や相馬、島田同様に江戸からずっと土方に付き従って来た中島だった。彼もまた土方を心から尊敬し、慕っていた。
「…嘘だ、そんな、土方さんが…」
「…そうだ…そんなの、嘘に決まってる」
次に島田が拳を震わせながら口を開いた。
「土方さんはそんな簡単にやられたりする様な人じゃねえ…!」
「し、しかし、添役の大野先生がおっしゃったんです!劣勢にも関わらず孤立した我らを救出するため、前進していた最中に…」
「嘘だ…嘘だ、嘘だ嘘だ!!」
『…やめろ。落ち着け、お前ら』
動揺し始めた島田達を茜は静かに諭し、隊士に続ける様促す。
「…一本木関門付近で、被弾、されたと…」
「…ふざけるな…!!そんな事ある筈が…!!」
『やめねえか島田!!!』
茜は背後を一喝した。彼女の怒鳴り声に気圧された島田は思わず口を噤んだ。
『…良く報せてくれたな。ありがとう。下がっていいぞ』
「は、はい…失礼します」
隊士の肩をぽんと叩き、茜は立ち上がった。隊士は深く一礼して本陣を去った。
「…おい壱ヶ谷、お前まさか信じるとか言うんじゃないだろうな」
隊士を見送った茜の背中に中島が投げ掛けた。茜は答えず、振り向きもしない。
「…冗談だろ?おい茜!」
島田が茜の肩を掴み、無理矢理自分の方へと向かせる。茜は冷めた目だけを自分の肩に手を置く島田に向けた。
「…ふざけんな。何とか言えよお前…!」
『………だろ…』
「あ?」
『信じられるわけねえだろ!!』
島田の胸倉を力一杯掴んで、茜は声を荒げた。周りの連中は皆一様に息を飲む。
『信じられるわけねえだろ…俺だって大声で否定したかった。けど、アイツを怒鳴り付けたところで何になる』
茜は握り締めた手を緩め、先程報せに来た隊士が出て行った方をチラと見た。
アイツも辛かった筈だ。こんな報せ、俺達に伝えるなんざ。島田を放した茜はくるりと踵を返して彼等に背を向けた。
「…何故そんなに冷静でいられる、壱ヶ谷」
『…お前は常に冷静であれ。江戸にいた頃から俺は土方に言われてんだ』
茜は一人、静かに外へ出た。
―土方に。隊士達は皆、閉口した。土方という存在は彼等にとってあまりにも大き過ぎた。
「…冷静でいられる筈がない」
ぽつり。黙っていた相馬が呟いた。島田と中島が様子を伺う様に彼の方を見やる。相馬もどちらかといえば落ち着いた男で、そこまで熱くなりやすい質ではない。
「誰よりも長く、誰よりも近く副長の傍にあったのは他でもない、アイツなんだからな」
星が燦然と瞬いている。
北の地の夜空を仰ぎながら茜は腰に差さる刀にそっと触れた。今まで何とも思っていなかった土方の刀が、やけに重く感じられる様になった。
「壱ヶ谷、冷えて来たしそろそろ入れ。アイツらも大分落ち着いた」
相馬が茜の隣りに立った。茜は少しだけ横を向いて、また直ぐに視線を上空へと戻す。
「…大丈夫か?」
『ああ、』
相馬も星空を見上げた。街燈もネオンも少ないそこは、江戸とは違い溢れる様に星が煌めいている。二人はそんな自然の美観を暫くじっと見詰めていた。
『…約束、してたんだ』
「約束…副長とか?」
相馬は茜の方を見た。既に彼女は夜空ではなく、ただ目の前を茫然と眺めていた。そしてその頭を次第に落として行く。
『…ああ。この刀俺に渡した時、アイツ言ったんだ。必ずお前らの所に行くから、また一緒に戦おうって。そん時までコイツを預かっててくれって。だから俺はこの刀預かって、近いうちに必ず返すって約束、してたんだ。
…でも、返しそびれちまったな』
和泉守兼定の鯉口が軋り、悲しげに鳴いた。
『約束、したんだけどなァ…』
―籠城から五日後。
弁天台場は新政府軍からの降伏勧告を承諾した。そして更にその三日後には、本営・五稜郭も遂に降伏する。
ここに於いて、長きに渡る旧幕府側と新政府側との戦いが旧幕府側の敗北という形で終息したのだった。
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…なんか想像以上に長くなっちゃった。それこそ長きに渡っちゃった。てゆーかこれ殆どオリジナルじゃね?土方さん出番皆無だし←
実はこれまだ続きがあったりします。けど、それはまた更に大いなる捏造なのでね、はい。どうしようかなあ…