暁晴斗が契約書にサインをし、高校生ながら対怪人組織の隊員となってから何日か過ぎた。学生は一時隊員扱い。
晴斗はまあまあ本部や隊員達に慣れてきたのだが、まだ対怪人組織の現実を知らないでいる。今までのはほんの一部に過ぎない。



ゼルフェノア寮。本部近くのアパートを組織が借り上げている。隊員用のアパートは2LDK。
隊員は常に命懸けなので待遇がいいらしい。


鼎はその組織寮に住んでいた。

ある朝、鼎はいつも通り起き→ベッド横の棚の上にある白い仮面を着け、髪をとかし前髪を直す。
鼎からしたら仮面は身体の一部。鼎はようやく立ち上がると急に不安が襲ってきた。

まだ朝なのであの黒手袋は履いていない。鼎の手には火傷の跡がちらほら見える。これでもだいぶ目立たなくなった方だ。


晴斗が私の本当の姿を知ったら、正体を知ったら…ショックを受けるかもしれない…。今は言わないでおこう――。
晴斗はこの環境に慣れる必要がある。それと契約書の真の意味をまだ知らない。無理もないか。彼はまだ高校生だ。


鼎は淡々と制服に着替え、黒手袋を履き、玄関でショートブーツを履いてから部屋の鍵をかけ→本部へと向かう。鼎は寮から徒歩で通勤している。
それだけ本部と寮は近い距離にある。



朝の本部は静かだった。ゼルフェノアは基本的にシフト制。

「おはようございます。室長」
「…お、鼎。どうしたんだ?なんか元気ないように見えるけど」
宇崎は鼎がどこか寂しげに見えたらしい。

「…なんでもない」


宇崎は鼎に関してはかなり慎重に接してる。仮面の隊員という、前例のない隊員ということもあるが…。
とにかく鼎相手だと仮面で表情が見えないぶん、コミュニケーションを取ることが難しいのだ。

鼎は鼎なりに声の抑揚やトーン、仕草や仮面の角度によってなんとか意思表示している。わけありで素顔が見えないなりに努力しているのだ。
司令の宇崎・親友の彩音・先輩の御堂はそれを理解している。


鼎の仮面の理由を知っている隊員は多いが、彼女にとってはデリケートなものなので宇崎・彩音・御堂以外は積極的に話そうとはしない。
晴斗はまだ日が浅いので、うっかり聞いてしまう可能性がある。

現に晴斗は鼎と顔合わせした日、鼎の地雷を踏んでいた。



放課後の時間帯。晴斗は自転車を飛ばして本部にやってきた。部活感覚。
晴斗は部活感覚で来ているが、まだ戦闘経験も少ないためかわかっていない。

とにかく晴斗は隊員達と仲良くなろうとしていた。



隊員用休憩所。晴斗は鼎・彩音以外の隊員とも打ち解けているようだった。
晴斗に優しく話しかけてきたのは桐谷。ベテラン隊員で、物腰が柔らかいマイペースな男性隊員だ。

「晴斗くん、ここに慣れてきましたか?」
「なんとなく慣れてきたけど、いまいち実感なくて…」

桐谷は温かい紅茶を飲んでいる。紅茶が好きらしく、のほほんとしてる。
なんというか、見た目からして紳士っぽいのと話し方のせいか、とてもじゃないが隊員には見えない。桐谷さんって…戦うよなぁ。白い制服に赤い腕章デザイン…戦闘隊員だ。


「そのうちわかってきますから。急いだらいけませんよ」
「桐谷。地方任務から帰ってきたのか」
鼎が桐谷に話し掛ける。

「大した任務じゃなかったですが、単独任務は寂しいものですねぇ〜」
「相変わらずマイペースだな」
「鼎さんだって通常通りじゃないですか。晴斗くんが来てから少し変わったような気がしますが、気のせいですかね?」
「さぁな」

鼎はやんわりとはぐらかす。桐谷は鼎の正体を知らない隊員。鼎の正体を知る隊員はほんの数人しかいない。司令の宇崎は知っている。…というか、組織の上層部は知っている。


休憩所にまた1人、隊員が来た。小柄な女性隊員だが、話し方にかなり癖がある。時任だ。
「暁くん、元気ー?部活感覚でここへ来たらダメだよ。君はまだ全然わかってない!これは遊びじゃないのだよっ!」

時任、どや顔で人差し指を晴斗に指している。「犯人はお前だ!」…的なアクションで。


鼎と桐谷は慣れっこなせいか、スルー。
時任はとにかく癖が強い。実力はあるのに普段はなんだか残念な感じ…。ちなみに本人は至って真面目。
時任はお菓子をぼりぼり食べていた。糖分補給と言いながら。



そんなゆる〜い雰囲気の休憩所に、アラートがけたたましく鳴り響く。

館内放送が流れた。
「市街地にメギドが出現したが、情報不足で敵の姿がわからない!どうやらスピード型みたいだ!今すぐ司令室へ来い!」

館内放送は宇崎自らしていた。
アラートは隊員への通信・または隊員へスマホで連絡・館内放送のどれかが多く、館内放送は珍しい。しかも司令自身が放送してるのはレア。


晴斗・鼎・桐谷・時任は司令室に来た。少ししてから彩音も合流。
宇崎はメインモニターを見せた。

「怪人は1体。現在猛スピードで市街地を移動中。ただ、こいつは何の能力があるのかさっぱりわからない!わからんのだーっ!」
「…で、どうしろと?」

鼎は冷静に聞く。

「現地付近の隊員数名に一部街を封鎖した。このメギドを食い止めるためだ。お前らにやって欲しいことはただひとつ!この暴走メギドを止めろ!そしてぶっ倒せ!!わかったな!!」


も…ものすごく、わかりやすい…。要はこの暴走怪人を止めろと。でもどうやって?


「桐谷。お前の出番だぞ。あと、バイクで霧人も合流するから安心せい」
霧人って隊員のことなのか?

「晴斗、今回お前の出番はないかもな。ゼルフェノアの現実、よーく見ておけ。…と、言うわけで彩音は晴斗をよろしくな」
「了解しました」
「鼎は戦闘大丈夫だろう。今回の怪人は鼎からしたらリスクが浅いからな」
「わかっている」


そんなこんなで暴走怪人を止める任務に晴斗は同行するハメに。



本部・駐車場。そこには組織の車両がいくつもあるが、桐谷はある車の運転席にスタンバイしていた。

「運転ならこの私(わたくし)に任せないな。晴斗くん、君は見ているだけでいっぱいいっぱいかもしれませんよ。彩音さん、晴斗くんを頼みますね。鼎さんと時任さんは装備の準備OKですか?」

時任は元気いっぱいに返事をする。
「出来てまーす!」
遠足かいっ!
「準備はいつでも出来ているぞ」

鼎さんと時任さんの温度差が激しすぎる…。なんなんだ、この組織…。これが通常なの!?


晴斗を乗せた車は暴走怪人を追って出発する。



某市街地。暴走怪人は猛スピードで走り抜けていく。


次々と現地にいる隊員から通信が入る中、ようやく怪人の姿を見たが…遠いし速い!
時任は双眼鏡を覗く。

「きりやん、あの怪人…まるでアクセル全開の車ってか…なんだろう。暴走機関車みたいだね」
「私もそう思いましたよ。あれはまるで暴走機関車ですね」

時任はナチュラルに桐谷のことを「きりやん」と呼んでる。フレンドリーだな。


彩音が叫ぶ。
「敵、前方に捉えたよ!攻撃しますか!?」
「行っちゃって下さい」

鼎と時任は窓を開け、窓からそれぞれ銃を出し、発砲。2人はギリギリしながら攻撃するが全然当たらない。

「相手のスピードが速すぎる!桐谷、もっと飛ばせないか!?」
「御安い御用です。鼎さん、さぁアクセル全開で行きますよ!」


桐谷はアクセルをさらに踏んだ。晴斗は状況についていけてない。
これ、アクション映画のカーチェイスじゃねぇか!?

ものすごく揺れる…。この状況で平然と銃撃してる鼎さん達、すごすぎだろ!?
これがゼルフェノア隊員なの!?プロじゃん!

※晴斗以外は全員その手のプロです



敵も勘づいたのか、後方に攻撃してきた。いきなり煙幕!?
だが桐谷はアクション映画ばりのドラテクで煙幕をクリアする。
「煙幕で撒こうなんて甘いですよ」

桐谷さんの口調が少し変わった?なんか楽しそうにしてる…。


晴斗はカーチェイスの激しい揺れに「うぎゃあああああ!」…と叫んでいた。
いくら怪人を止めるとはいえ、ここまでとは…。ゼルフェノア、すげぇよ…。


晴斗は今回同行しただけだが、鼎さんがまるで動じてない。仮面で視界が狭いはずなのに、死角がないように見える。

桐谷はカーナビと通信から、そろそろバイクで合流する「霧人」を車を飛ばしながら待っていた。
「霧人さん、そろそろですか?」
「次の交差点で落ち合おう」
「了解です」


霧人という隊員はそろそろ合流するようだ。やがて次の交差点が見えてきた。
赤いバイクが組織の車両に接近する。そこにはライダーススーツに赤いヘルメットの男性が。

「桐谷さん、合流成功ですね。では俺はやつを引き付けます」
「ではこちらは鼎さんと時任さんで攻撃しますが…当たるでしょうか」
「きりやん、何言ってんのさ。何のためのハイエースだよ。ライフルあるんでしょ?」
「ライフルも積んでますよ。あえてハイエースにしたのは武器を大量に積めるからですからね。今回は飛び道具多めですよ」


ライフルで怪人を狙う気か?飛び道具多めって?


時任は銃からライフルに持ち替えた。鼎はボウガン。

霧人主導のもと、暴走怪人停止作戦は開始された。





第4話(下)に続く。