Z*C STORY
 きみからの恋、待ち望んでる


 なんだか騒がしい音と、鼻を掠める甘い匂いで目が覚めた。
 此処はソルジャー達が住まうマンションで、ザックスの家の空き部屋に泊まらせてもらった事を起きたてながら思い返す。
 まだぼんやりとした頭で部屋まで聞こえるこの音はザックスが出しているもので、すでにザックスが起きているのだと推測する。
 なら自分も寝ては居られない、とクラウドはベッドから下り、ドアを開け廊下に出た。
 甘い香りが濃くなり、誘われるようにリビングへと足が進む。
 カチャ、とノブを回しドアを開けると、すぐに音に反応したのかキッチンに立っていたザックスが振り向いた。

「おはよう!体調はどうだ?」
「おはよ…ございます。体調はもう大丈夫…」
「ならよかった!ま、座れよ、今朝飯出来るからな〜」

 大丈夫『です』と続けたかったのに先にザックスにズバズバと話を進められてしまいクラウドは促されるまま椅子に座った。
 昨日から世話になってばかりで申し訳無いなとキッチンに立つザックスの後ろ姿をチラリと見る。
 モデオヘイムでザックスが見せていた圧倒的なオーラだとかを思い出すと、兎に角今目の前にいるザックスがあのソルジャーだというが不思議でならなかった。同一人物なのかと訝しんでしまう。
 今のザックスは口元にゆるやかな笑みを浮かべながら鼻歌交じりで野菜を皿に盛り付けている。
 振り向いたザックスはテーブルに向かって来て、そのまま皿をクラウドの前に置く。
 野菜好きなクラウドにはカラフルなサラダだけで起きたての朝食は十分…だったが、ザックスがテーブルの上で結構な存在感を出す四角い機械に手を伸ばした。
 見たことのない機械に興味津々でザックスの手元を見ていると、ザックスが左手にミトンを嵌めて機械の蓋を開けて中から何かを出す。
 途端にバターの香りが広がり、クラウドは起きたてに部屋に届いた香りの元はコレだと気付いた。

「何…それ」
「ん〜?最近買ってさ、重宝してるんだなコレが」

 ふっふっふ、とわざとらしい笑い方をしながらザックスが手元の四角い入れ物を長皿の上にひっくり返す。
 ぼふ、と中から出てきた想定外の何かにクラウドは驚いた。

「…パン?」
「そう!粉とか入れるだけで勝手にこねて発酵させて焼き上げてくれるっつー素晴らしい機械だ!」
「へー…良いかも…」

 料理下手な自分にはパンは作るものではなく買うものだとインプットされている。でも目の前にあるような焼きたてのパン(しかもデニッシュ)が簡単に食べられるなら作るのもアリかもしれないと思った。
 ザックスが満面の笑みでデニッシュパンを切り、クラウドに渡す。

「な、コレさえあれば悲しい男一人暮らしにも女要らずってワケだ!」

 深い意味は無く多分ザックスは普通のノリで云った言葉だったろう。しかしクラウドにはその言葉に何だかひっかかるものを感じた。
 よくよく考えれば『トモダチ』という関係を得(与えられ)たものの互いの事は殆ど知らない。クラウドはザックスがソルジャーという事もあり僅かだか知っていることはあった。
 そのうちに、ザックスは女好き、というのがある。近くに居れば確かに女性達が惚れる気持ちも解らなくは無い。
 鍛えられ理想的に綺麗に筋肉がついた身体も、自分とは違う大人びた端正な顔つきも、そして初対面の者とすぐ打ち解けられる明るい性格は同性から見ても羨ましいし憧れる。
 好かれるのも無理はないな、と納得しながら一番憧れの蒼の瞳を見た。
 綺麗な蒼、ソルジャーの証の瞳。
 黒い髪と意外に長い睫の間から見えるその蒼は近くだとより鮮やかに見え、焦がれるような思いが胸の中に湧き上がる。
 クラウドがじっと見ていたのに気付いたのかザックスの瞳と視線が合った。
 不意に見えた真顔に一瞬ドキリとしたが、すぐにいつもみせる人懐っこい笑顔へと変わる。

「さ、とりあえず食おうぜ」

 クラウドに促しながらザックスは昨夜と同じく向こう側に座った。
 すすめられて、クラウドはちいさく「いただきます」と両手を合わせて今できたてのパンを口に含む。
 甘い香りと味わいは確かに店で買うデニッシュパンと変わらない。

「美味いか?」
「あ…うん、おいしい」
「そりゃ良かった」

 嬉しそうな笑みと声に、胸の奥を掴まれたような感覚がクラウドを襲う。
 此処に来てからなんだかおかしいな、と思いながらも時間は進んだ。


 いつしか時刻は昼前。クラウドが流石に帰らなければと云うとザックスが昼も食べていけばいいのに、と云う。
 一瞬、本当に"トモダチ"になった気がして頷きそうになったが、そんなに世話になっていいはずがないと首を横に振った。
 明日の訓練スケジュールだとか、把握しておかなければならない事もある。
 申し出を断るとザックスが少ししょんぼりと肩を落とした気がした。
 荷物をまとめていると、玄関までザックスが見送りにきてくれた。

「色々とありがとな、楽しかった」
「こちらこそ…迷惑かけました」

 ぺこ、と頭を下げると上から「あ」とザックスの声が聞こえてすぐにクラウドは頭を上げる。
 ザックスは爽やかな笑みを浮かべながら、自分のポケットから携帯を出した。

「携帯、ある?」
「う、ん」
「連絡出来るようにアドと電番交換しようぜ」
「ふぇ?」

 予想しない話の展開に、我ながら変な声が出た、と思った。
 それはザックスも思ったらしく、一瞬え?と驚いた表情をしたがすぐにクスクスと笑いだす。
 恥ずかしくなって「笑うな!」と怒ってみるも、きっと顔は赤くて説得力が無いんだろうな…と思った。
 ザックスはツボにはいったのか目尻を指先で拭う仕草をし、笑いを堪えているようだ。

「ごめんごめん…、で、教えてくれるか?」

 にこ、とやさしく微笑まれて、クラウドは頷くとポケットから携帯を出した。
 互いの携帯を開いて、上側を向かい合わせザックスの携帯に自分のデータを送信する。

「よし、受信完了!後でオレのアドと電番メールで送るからな」
 ザックスは右手で携帯の操作をし、空いた左手でクラウドの頭を撫でた。その感覚がくすぐったくてクラウドは目を細める。
 初めて自分の携帯をまともに使ったかもしれない、と握る携帯を見た。
 社内報やよく解らないメールは来るが、知り合いが極端に少ない自分にはあまり役に立たない機械でしかなく。
 それが役に立つ日がくるとは。しかも相手がザックスだなんて、本当に驚きだ。

「また遊びに来いよ」
「え、」
「いや、今度はどっか遊びに行くか!買い物とかさ」
「…オレと?」

 気になったので一応聞いてみた。ザックスは何云ってんだ、と不思議そうな顔でクラウドを見返した。

「当たり前だろ?またミッションに出されるだろうからその前にさ」

 ザックスの言葉を聞きながら、嬉しいのにひねくれている自分はマイナスな思考が働きはじめる。
 どうして自分なんかと。他の人と一緒に出掛けた方が楽しいだろうに。 友達が居ないと気付いたからだろうか、憐れみだろうか。
 ただの社交辞令かもしれないし、期待するだけムダかもしれないし と。

「おーい?」
「…うん、」

 自分で考えた内容に自分で落ち込んで馬鹿じゃないかとかと思い、つい顔を歪ませてしまった。声にも出てしまっていたのかもしれない。

「云っとくけど、さ」

 パチ、と携帯を閉じる音がしたなと思うと同時、肩を掴まれる感覚。
 ぐ、とそのまま引き寄せられザックスの厚い胸元が目の前に現れる。
 ソルジャー服と違うシンプルなVネックシャツ、そして鎖骨の間にあるドッグタグが目に付いた。

「表向きの社交辞令とかじゃないから」

 肩に手を回され抱きしめられ、挙げ句に耳元で今までとは違うトーンの声で囁くよう告げられて。
 ドクン ドクン、と煩く鳴り始めた胸の音が抱きしめているザックスに伝わってしまわないよう、願った。




 ソルジャーらしくない、ソルジャーだと思った。
 憧れていたソルジャー像とは遥かに違うザックス。なのに、明らかに惹かれていく自分に気付く。


 一般兵の寮への帰り道、ポケットの携帯が震えた。
 すぐにクラウドは携帯を出してメールを開いてみると、

「…ザック…ス」

 さっき云った通り、ザックスからメールが届いた。
 内容はシンプル。ザックスのアドレスと電話番号。そして最後に



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
暇な日あったら教えて。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ただ一行そうあった。
 ただそれだけ、なのに不思議とあたたかい気持ちになるのがわかった。
 ザックスに引き寄せられ抱きしめられる形になるのは嫌じゃなかった。
 あの声が自分を呼んで、
 あの手が自分を撫でて、
 あの身体に自分の身体を預けて。

 思い返すだけで無性に苦しくて、ギュッと手のひらの中にある携帯を握りしめる。
 これがザックスと自分を繋ぐ役割を担うのかと思うと、なんだか愛しく見えた。





(きみからの恋、待ち望んでる)




*やっと恋愛ぽく!次から同部屋兵出るんですが…話の中出てくるので名前も付けました。




2010/1/18
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