―ちゃぽん…
(あー…どうすっかなぁ…。)
池袋で自動喧嘩人形と恐れられる人物。細身で長身、金髪でサングラス、目付きの悪い男といえば池袋に住んでいる人間なら誰でもわかる人物。そんな彼が折角の長身を折り曲げて一人用の狭い風呂桶の中に浸かりながら考え事をしていた。
(女に贈るプレゼントなんて…選んだ事ねぇからわかんねぇし…)
彼は子供の頃からキレやすく、手当たり次第物を壊しては投げるものだから自然と友人は回りからいなくなった。そんな彼だが、今の仕事に就いて少し経った頃、長引いた仕事の帰り道に男達に絡まれている女を見かけた。また変な因縁つけられるのも嫌だからと知らぬ顔をして通りすぎようとした。
だが、女の必死な助けを呼ぶ声に我慢できず、男達に殴りかかり女を助けた。しかしまたこの力に怯えられちまうんだろうなと悲しくなり、黙ってその場を去ろうとした。すると後ろから、待ってください…!と声が聞こえ、振り向けば女が恐怖でしゃがみこんだままこちらに頭を下げてきた。助けていただいて、ありがとうございました、と。少し驚きながらも無言でその場を去った。
数日後、出勤の為に池袋の交差点で信号待ちしていると後ろから誰かを呼ぶ声が聞こえた。自分ではないと思っていたので振り向きもせず、ただ信号が変わるのを待っていた。しかしそんな時に自分の服が引っ張られる感じがした。何だ…?と振り向くと先日助けた女が息を切らしてこちらを見ていた。
「あの…っ、先日助けていただいた方…ですよね…?」
そこから始まり、今では親しい友人の一人でもある。たまに昼休みに公園で会っては他愛ない話をしながら昼飯を食べる、そんな仲だった。そんな日々の中、ある日女が俺に、来週、私の誕生日なんです。でも、祝ってくれる友達は住んでる所が離れてて…今年はちょっと寂しいんですと苦笑いしながら告げた。
それなら俺がささやかながらも祝ってやろうじゃないかと休みの日に池袋へとでかけた。だが、女の好む物なんてわからない。店に入っては何も買わずに出るという事を繰り返し、とうとう日が暮れてしまい自宅に帰った。風呂に入りながら考えてもさっぱりわからない。こういう時に相談できるやつ…と考えて、首なしライダーと呼ばれている彼女が思い浮かんだ。きっとアイツならいいアドバイスをくれる筈だと。
さっそく風呂桶から上がり、下着とスラックスだけ履き滴のたれてくる髪をかきあげ、慣れない手つきでメールをうち始めた。明日時間あるか、と。返事はすぐに返ってきて、大丈夫だが、どうした?と書いてあった。それに、相談したい事がある。明日昼に南池袋公園で大丈夫か、と返信した。それには構わないと返事が返ってきて携帯を閉じた。
次の日、会社の上司に断ってから昼休みに南池袋公園へと向かい、待ち合わせた相手を探した。相手はすぐに見つかり、片手をあげると彼女はこちらに気づいて無言のまま待っていた。
"…それで、静雄。メールで言ってた相談したい事って何だ…?"
彼女の愛車のバイクに寄りかかり、PDAで文字を打ち問いかけてくる彼女に、あいつの誕生日にプレゼントを渡したいんだが何を買えばいいのかがわからない。何かいい案はないか、と相談内容を明かした。彼女は納得したように数回頷くと、再びPDAで文字を打ち、"なるほど…。女の子だから、可愛いネックレスやぬいぐるみとか喜ぶんじゃないか?"と彼女は自分なりの答えをPDAに打ち込み答えてくれた。だが、あいつが好みそうなもの、と考えると中々に難しい。彼女に見立てて貰おうにもフルフェイスのヘルメットが脱げないがために恐らく入店を断られるだろう。
慣れない考え事をしたものだから、何だかイライラして両手で頭を掻きむしった。
"…ま、まぁそう苛立つな。案外思いもよらない所でいいものを見つけるかもしれない。"
彼女に宥められ、顔を上げて公園の時計を見るとそろそろ戻らないとヤバい時間だ。寄りかかったバイクから腰を浮かし軽く手を上げると、彼女にありがとよと礼を言ってその場から離れた。
午後からの仕事は中々思うように進まなかった。何故なら彼らは取立て屋で、その相手が金を出すのを渋るからだ。まだ金がないから待ってくれというのは可愛げがある。支払う気があるからだ。中には逃げ出す奴、屁理屈ばかりでこちらを貶してくる奴、開き直って踏み倒す気満々の奴、様々だ。そういう奴らには彼からの鉄拳制裁が加わる。
その男もそうだった。最後の一件、という事で日はとっくに暮れてしまい部屋につく明かりを頼りに部屋のドアをノックした。部屋の主はすぐ現れたが、支払いをごねるばかりでなく愚かにもただでさえキレやすくなっている彼の服装の事を貶し始めた。何だよ、その格好。バーテンダー?格好わりぃー、と。その言葉を聞いた上司は静かにその場を離れ、彼は額に青筋を浮かべながら男の胸ぐらを掴んで部屋の中へと投げ飛ばした。
「てんめぇ……弟がくれたこの服を馬鹿にしやがったな…?」
上司は怒り狂った彼の姿を遠くから見つめながら男の行く末を憐れんだ。男が意識を失っても殴り続けていた彼が正気に戻りかけた頃、上司は然り気無く帰るぞと声をかけた。彼はまた嫌いな暴力を振るっちまったと思いながら部屋の有り様を見回した時、月明かりに照らされてきらと光ったものが見えた。近づいて手にとってみると黄色い石のついたイヤリングだった。 細かい細工のされた金が小さい石を包むようにデザインされており、あいつに似合うかもしれないと思った。流石にそのまま貰う訳ではなく、彼らしく財布からお札を数枚出し壊れたテーブルの上に置いた。
数日後、彼女に南池袋公園に来て欲しいとメールを送った。その日は都合が合わないとの事だったので、翌日昼休みに会う事にした。女性にプレゼントを渡すという事になれていないために彼女に会ってベンチに座って飯を食べ終わるまで動きが自分でも分かるほどに堅かった。
「あの…どうしたんですか?」
視線がさ迷う彼に彼女は不思議そうに話しかけた。いつもはお昼を食べ終わったあと必ずタバコを取り出してこちらを気にしながらも吸い始めるというのに。
「えっとな…その…、この前誕生日だって言ってたじゃねぇか」
「あぁ…はい、言いましたね。またひとつ歳とっちゃって嫌になりますよ」
苦笑しながら答える彼女にポケットから出した何ら包装のされてない小さな箱を差し出す。彼女は視線を一度箱にうつすも座っても見上げないと合わない彼のサングラスに隠れた瞳を再び見つめた。
「……これは?」
「……俺からのプレゼント、だ。受け取ってくれる、か?」
「……本当、ですか…!ありがとうございます…!祝っていただけるとは思ってもなくて…本当嬉しいです…!」
彼女は箱を受けとるととても大事そうに両手で包み込むようにして喜んだ。彼女の反応に安心するとタバコを取り出して煙を吐き出した。中を開けてみろよと促し、少々照れ臭いので遠くで遊ぶ子供たちに視線をやった。彼女が嬉しそうにゆっくりと箱を開けていくと、中を見ると一際彼女の顔が綻んだ。
「綺麗…!」
早速つけちゃってもいいですか?と聞いてくる彼女に好きにしろよ、とだけ答えて煙の行方に視線をやった。
「嬉しい…っ、ありがとうございます、静雄さん!」
ベンチから立ち上がって彼の目の前でイヤリングをつけてくるくる回り出す彼女。太陽の光を反射した彼女の笑顔とイヤリングに思わず彼は目を細めた。