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35.それもまた事実


※34の続きです







先輩が「大丈夫」と言ったのを最後に通話が途切れてから、10分が経とうとしていた。何度電話を掛け直しても、機械の音声が流れるだけで先輩は出なかった。

「大丈夫」の後、すごい音が聞こえた。多分先輩は転んだりでもしたのだと思う。でもそれから連絡が来ないことを考えると、もしかしたら事故にでも遭ったのかもしれない。
大きなトラックと先輩の銀色の自転車が接触するところを想像してしまい、首をぶんぶんと振ってかき消した。

どうしよう。俺のせいだ。俺が風邪なんて引いて寝込むから、先輩が心配してこんなことになったんだ。

俺はパジャマの上からパーカーを羽織ってベッドから出た。足元が少しふらつくけど、そんなこと気にしてる場合じゃない。

玄関に出ていたあずさのサンダルを適当に足に引っ掛けて、ドアを開けた。心臓がどきどき言ってる。どこに行けば良いんだろう、先輩はどこにいるんだろう。
そんなことを考えていると、家の小さな門の前で先輩が自転車を止めているのが目に入った。

「…せん、ぱい」

俺の声に気付いた先輩は驚き駆け寄って来て、「何してんだ、寝てなきゃだめだろ!」と言った。

俺は思わず言葉を失う。けれど先輩の汚れた制服と、血の滲んでいる左腕を見た途端、涙が出てきた。

「何してんだは、こっちのせりふです!!」

先輩は面食らい、俺を見た。

「いきなり、電話してきて、来るって言って…それなのに急に電話切れて、つながらなくなるなんて、どれだけ心配したか…!」

先輩は顔を歪ませ、「ごめん」と一言呟いた。


「っ…、もし、事故に遭ってたりしたらどうしようって…思って、心配で…!」
「…ごめん、ごめんな…」

先輩が俺をぎゅっと抱き締める。顔を上げてみると、先輩はぼろぼろと涙を零していた。

「…先輩、」
「ごめん、俺、こんな…馬鹿なことして、いらねえ心配かけて…ハヤトはただでさえ辛い思いしてんのに…ほんとにごめん…!」

先輩は歯を食いしばって、必死に涙を止めようとしているのがわかった。そんな先輩を見ていたら俺までもっと泣けてきてしまって、ふたりでしばらく玄関で泣いた。







「なんか…ごめんな」
「良いですよ、そんなに謝らないでください」
やっと部屋に移動した俺達は、しばらく無言で先輩の怪我の手当てをしてから、お互いの泣き腫らした目を見て小さく笑い合った。

「腕、痛いですか」
「あー、もう平気。それよりお前は自分の心配しろよ」
「…俺だってもう平気です」

先輩は「嘘つけ」と笑うと、俺の額を指先で軽く弾いた。僅かな痛みになんだか安心してしまって、俺は先輩の服の袖を軽く引っ張った。

「どした」なんて言いながら、先輩は俺の顔を覗き込む。俺は先輩に強く抱き付いて、顔を埋めた。
「何何、甘えん坊?」
「…先輩、ここに来たからには風邪伝染ること覚悟してると見なしますからね」
「おう。むしろその方が早く治んじゃん?」
半分冗談で言った俺の言葉を聴き、先輩は俺の唇にキスをした。

「唇荒れてんじゃん、いつもと違って」
「そうですかね」
「ん、早く治せよ……あ、お粥良い頃かも。ハヤトはベッドに横になってろな」

キッチンに向かう先輩の背中を見送り、俺は再びベッドに乗り上がった。



先輩が電話を掛けてくれた時、来ないで欲しいと思ったのも事実だけど、本当は涙が出るくらい嬉しかった。心細くてしょうがなかった俺への先輩らしい心遣いが、すごく嬉しくて。堪え切れずに電話口で少し泣いてしまったのだけど、きっと先輩は気付いてないだろう。


「何笑ってんの」

キッチンから戻ってきた先輩が、楽しそうに言った。

「内緒です」と答えれば、「なんだよー」なんて笑って、ベッドの側のテーブルにお粥の入った小さなお鍋と、ウサギの形に剥いたリンゴを置いた。
先輩はまるで小さな子にするみたいに、スプーンで掬ったお粥をふうふうと冷まして、食べさせてくれた。
普段の俺なら先輩からスプーンを奪って自分で食べてるんだろうなぁと思いながら、今日は素直に甘えることに決めた。


俺の額を撫でながら、「早く良くなると良いな」と優しく笑う先輩。
俺はこの人が大好きだと、改めて強く思った。


34.切れちゃった


『来なくて良いです』と、鼻声のハヤトが言った。

ハヤトが季節外れの風邪を引いて、昨日から熱が下がらないらしい。ハヤトの両親も姉のミサキさんも兄のあずさも、仕事や学校で家を空けている。食欲なくて飯も食ってなくて、体調も一向に良くならなくて辛そうなんだとあずさが(というか、あずさから話を聴いたこうたが)言っていた。
俺は心配で気が気じゃなくて、思わず3限終了とともに学校を飛び出した。急いで家に帰り自転車に乗り、途中でコンビニに寄りハヤトの好きそうな菓子を買い込み、携帯片手に猛スピードでハヤトの家に向かっているわけだ。


『本当に、熱だけですから、寝てれば治りますよ…』
「何言ってんだよ!絶対行く、なんか食欲でるもん作ってやるし、添い寝もしてやるから待ってろ!」
『添い寝って…もし伝染ったら大変ですし、それに先輩まだ学校の時間なんじゃ…』
「つーかもう今向かってっから!おとなしく寝てろ!」

俺のその言葉に、『また自転車乗りながら携帯ですか…!』とハヤトは少し怒りながら言った。

「しょーがねえだろ、心配なんだよ…!」
『そんな…危ないですよ、それこそ俺が心配です!怪我でもしたらどうするんですか…』
「何言ってんだ大丈夫だよ、だいじょ」

その直後、歩道に乗り上がろうとして段差に乗り損なった後輪が引っ掛かり、身体が倒れるのを感じた。

「っ、うわ…!」
『先輩…』


ハヤトの声が遠ざかり、豪快な音を上げて自転車とともに俺はその場に倒れ、携帯は手の中から飛んで行き、カゴに突っ込んでおいた見舞いの菓子達が地面に散らばって。

「いってぇ…」

カラカラと虚しく車輪が回る。俺は飛ばされた携帯の存在を思い出して、倒れた自転車や散らばった菓子はそのままに、慌てて携帯を拾いに行った。

「ハヤト悪い、ちょっとこけて…」
急いで話し掛けたものの返事が聞こえて来ない。携帯を見るとさっきの衝撃のせいか液晶画面は真っ暗で、当然ハヤトとの通話は途切れていた。

「…切れてる」

溜め息をついてから菓子を集めて、自転車を起こす。よく見ると自転車のチェーンが切れていた。

「こっちもかよ…」

とりあえず自転車を手で押しながら歩き出した。左腕の肘は擦り剥けて血が滲んでる。左足も痛む。きっと痣でもできてるんだろうな。

ズキズキと痛む足を引きずりながら、のろのろと歩く。しかしハヤトの事を思い出して、俺はまた走り出した。


ただでさえ風邪引いてて心細い思いをしてるハヤトを、さらに不安がらせてしまっているに違いない。
あまりにも自分が情けなくて、涙がじわじわと溢れてくる。でも泣いてる場合なんかじゃない、一刻も早くハヤトに会いに行かないと。

涙が吹き飛ぶくらい、俺はとにかく走った。

33.光射す庭

放課後の、高校の中庭。
そこに佇む俺と、気持ち良さそうにいびきをかく先輩。

「…先輩」

その場にしゃがみ込み先輩の頬をつつくと、うっすらと目を開いた。

「うぉ…正夢…」
「何がですか」
「ハヤトの夢見たんだよ…ハヤトに膝枕してもらう夢」
「残念ですけど、正夢にはなりませんよ…」
「そうかあ…柔らかくてすっげー幸せだったんだけど俺」

先輩は寝転がったまま、ふぁあと大きなあくびを一つした。まだ完全に覚醒していないようだし、これでは中々起きなさそうだ。

「いまなんじ」
「もう4時前です。授業も終わってます」
「うわぁまじか…俺ここ来たの昼休みなんだけど」
「…いつまで経っても校門に来ないし教室にもいないし、心配してたんですよ…」
「うあー悪ぃ悪ぃ…」

なんとか先輩の中の睡魔を追いやりたくて、俺はまた話し掛ける。

「なんで今日は屋上じゃないんですか」
「あー…今日の5限の物理、太陽光電池の実験でさぁ…屋上使うって言ってたから…」
太陽光電池なんて小学校の頃やったっつうの、と眠そうな声で文句を言っている。

「階段出た上のとこで寝ても良いかとも思ったんだけどな…どうもな…」
「駄目だったんですか」
「…だって日当たるから焼けんじゃんか」
もとから色黒なんだから、そんなの今更なのに。そんなこと思ってるうちに、気付けば先輩の瞼はまたしっかりと閉じられていた。
俺はめげずに話し掛ける。

「先輩…?」
「………」
「ここ来る前、またDTO先生に見つかりそうになりましたよ…慌てて逃げたから、大丈夫でしたけど」
「………」
「…今日、学校で小テストやったんですよ、抜き打ちで」
「………」
「……そんなに眠くなるくらい、疲れてたんですか」

返って来たのは、小さな寝息だけだった。


どこからともなく、部活に励む生徒の声が聞こえてくる。
寝そべる先輩の顔へ、校舎の隙間から細く西日が射し込み始めている。

「…もう」

そこへ正座で座り込み、先輩の頭をそっと、先輩を起こさないよう細心の注意を払って、持ち上げる。先程言われたように、先輩の夢の中の俺みたいに、先輩に膝枕をした。

「こんなところ誰かに見られたら、どうしましょうね」

小さく笑いながら言ってみても、当然ながら先輩からの返答はない。

「膝枕して欲しかったんでしょう、ありがとうの一言くらいあっても良いんじゃないですか」
憎まれ口を叩いてみても、ただの虚しい独り言になってしまった。

先輩の寝顔をじっと見つめ、何となく寂しいような、どうしようもない気持ちになった俺は、「どうすればいいの」と途方もなく呟いた。
すると先輩がちらりと俺を見て、「キスしてくれたら良いと思う」と子どもっぽく笑った。

起きてたのかとか、それこそ誰かに見られたらどうするんだとか、言いたい事は色々あったはずなのだけど。
「…すれば起きてくれますか?」
「起きるよ、起きてハヤトと一緒に帰る。ちゃんとお礼も言うし、さ」

その言葉を聞いて、俺は先輩の頬に手を添え、身を屈めた。

32.どこをどうすればそうなるんだ

「俺さ、きっと初めて会った時から好きだったんだと思うよ」

手にはゲーム機のコントローラーを持ち、後ろから俺を抱くような体制をとっている先輩が、唐突にそんなことを言った。


「なにがですか」
「ハヤトがに決まってんじゃん」

何て返したら良いのかわからなくて、そのまま俺は黙り込むことにした。

「運命って言ったら大袈裟だけどさ、多分、あの時からずっと好きだったんだよな」

そんなこと言いながらも指はしっかりと動かされていて、視線はテレビ画面に向けられていて、どこまで本気なのか問いたくなってしまった。敵を蹴飛ばしながら、そんな恥ずかしい事言ったって、信用できない。


「それに、ハヤトもそうだったんだろ」
「まさか」
「いや、絶対そうだって」

なんだかものすごく、からかわれている気がした。

「なんかさ、思い出せば思い出すほどそんな気がしてきた。あん時廊下で迷ってたのも、俺と会う為だったんじゃねぇの」
「どこをどうすれば、そんな考えになるんですか…」

思い切り、呆れた口調で言ってやって、俺は先輩から離れようともがいた。すると先輩はコントローラーを床に放って、俺が逃げるのを阻止するように、さらに強く抱き締めてくる。痛いくらいの温かさに、鼓動が早まっているように感じた。
先輩の唇が、耳のすぐそばまで運ばれる。

「俺めちゃくちゃ幸せだよ、今。」

先輩の言葉を聞いて、頬へ熱が集中していくのがわかった。
「先輩、ゲーム、負けてますよ」
熱を紛らわす為にそう言うと、「いいよ、そんなの」と笑われる。


俺は、あの時からずっと好きだったんだっけ?いつから好きだったんだっけ?
先輩を好きじゃないと感じたことは今まで一度も無かったから、わからなかった。
考えた後、「幸せですよ、俺も」と告げれば、先輩は耳元で楽しそうに笑った。

31.最高の殺し文句

ドアチャイムの音が聞こえて、俺は慌ててベランダから部屋へ上半身を乗り入れる。「ちょっと待ってろー!」と声を張り上げるも、ドア越しだから大して意味は無いだろう。
ついさっき、雨が降り出した。うっかり干したままにしていた洗濯物を適当に部屋の中へ入れて、ばたばたと玄関へ向かった。

「悪い悪い、ちょっと洗濯もんがさ…」
ドアを開くとそこにはハヤトが立っている。頭のてっぺんから爪先までびしょ濡れで、俺は思わず言葉を失った。

「え…お前、傘は」
「だって。家出てちょっとしてから降り出したんです」

申し訳なさそうな顔でそう言うハヤトに、思わず苦笑して家に入れた。




「昨日から散々、天気予報で降るって行ってたじゃん」
「忘れてたんです」
「家戻れば良かったのに」
「だって、早く来たくて」
俺のシャツを着て髪をタオルで拭きながら、ハヤトは唇を尖らせそう言った。

「風邪引いたらどうすんだよ」
俺がそう言えば、ハヤトは不満を込めた声で
「先輩の家に行くことしか、考えてませんでした」
と一言、言った。

声色からして、本人はきっと憎まれ口でも叩いたつもりだったのだろう。けど、俺にはそうは聞こえなくて、思わず口元が緩んでしまった。

「そんなに会いたかったんだ?」
「そ、そういうわけでもないんですけど」
「照れんなよ」

ハヤトは恥ずかしそうに俯いて、わざと顔が隠れるようにタオルで前髪を拭いた。俺はそんなハヤトを抱き締める。
ハヤトは俺の顔をタオルの隙間から覗き見て、小さく笑った。



「…帰り、送ってくれますか?」
真っ赤な顔でそう問うハヤトに、「泊まってけば?」と返す。
ハヤトは真っ赤な顔のまま、幾度か頷いた。

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