「手拭いを持ってきて。忘れちゃったんだ」
お風呂の方から聞こえた沖田さんの声。
お風呂に入るのに手拭いを忘れてしまうなんて、最高愛獲も人間なんだなと勝手に抱いていた愛獲像に付け足した。沖田さんの部屋へと向かうと直ぐに見つかったそれを持って、脱衣所へと急ぐ。きっと今は着替え中だろうからその引き戸を開けて入るわけにもいかず、外から手拭いを持ってきた旨を伝えた。
「今すぐ欲しいんだよ。少し引き戸を開けて手を伸ばして渡してくれない?」
なんとも細かい要求である。しかし、今すぐ欲しいということならば致仕方がないのだろうとその要求をのんだ。スッと引き戸を自分の手が入るくらい開け、手拭いを差し出す。
「ありがとう」
かけられるとは思っていなかったその言葉に、私は油断した。
自分の手が入る程しか開いていなかった引き戸は勢いよく開け放たれ、こちらに伸ばされた手は手拭いではなく私の腕を掴んだ。
グイッと驚く暇もなく脱衣所へ引き込まれた私は、その勢いのまま目の前の肌色にぶつかり、そのまま腕ごと抱き締められる形になる。
目まぐるしい画面転換に頭がついていかない。
「油断しすぎだよ」
頭上から聞こえた声にハッとした。
目の前の肌色は、彼の……
「…っ!!」
「君、バカなの?こんなわかりやすい罠に引っ掛かるなんて」
叫び声は発する前に彼の手により制され、もがいた体は彼の腕が離さない。
ぎゅっと目を瞑り息をのむ。
「あれれ。良いの?目を閉じちゃうと、」
「次に何されるかわからないんだよ?」
チュッ…
と耳元に響いたリップ音。
熱がそこに集中する。
「は、離して…ください」
「離さないよ」
震える声。その訴えは訊かれるはずもなく取り消される。
「だって僕、君の嫌がる顔を見るの好きだから」
そう言った彼は手慣れたように私の顔を上に向かせ、くちづけを落とした。
降り積もる雪は、繋がれた2人の手に静かに舞い降りた。
あなたが好きと囁いたこの声は、白い吐息とともに消えていく。
面と向かって言いたいともどかしく思ったけれど、いつも恥ずかしさが先に出て言えずにいる。すると、一歩前を歩くあなたが振り向いて。
「どうしました?」
「い、いいえ!!」
何でもありません。
小さく呟いたそれに、そうですかと彼は微笑んだ。
その笑みは、いつも私を支えてくれる。
彼の言葉や行動にいつも救われているのに、私はそれを返せていますか。
繋がれていた右手の力をそっと抜く。しかし、離れそうなそれをあなたは握り返した。
「私も、貴方が好きです」
だから、
「この手は絶対離しません」
振り向かずにそう言った彼の手を握る力が増す。
それは少し痛くて。
でも、どこか温かかった。
最初の小さな告白は聞かれていたんだと笑みを溢した私は、“好き”の言葉と共に彼の手をそっと握り返した。
title :確かに恋だった様より
空から舞い降りる白い雪。それに手を伸ばすと、スッ…と跡形もなく溶けてなくなってしまった。
あの日、あなたの手を握るのに少々ためらったけれど、きっと頬を赤らめて許すのだろうと予想がついてしまう。
悴んだ手のひらを包んだ。やはりあなたは固まって、頬を赤らめる。
私の行動によって変わるその表情がとても可愛らしくてやめられない。もっといろんな顔が見たいと思ってしまう。そんな私はおかしいのでしょうか。
こんなに愛しいと想うことは初めてで、自分でも抑えがきかない。
ほんの悪戯心で、その小さな手の指先に唇を落とす。すると今度は何がおきたのかわからないような表情でその指先を凝視していた。面白くて、可愛らしい。
「桂さん?どうしたんですか?」
フフッ、と喜びが声に出てしまった。それを聞いていたのでしょうか、隣にいた彼女が興味津々にこちらを見て首を傾げる。
ほら、また違う顔。
「何か嬉しいことでもあったんですか?」
「えぇ。あなたといるこの一時が、とても嬉しくて幸せです」
すると彼女はまた真っ赤になって顔を背けてしまった。
一瞬だったけれど、また違う顔。
すみません。あなたのそのコロコロ変わる表情を楽しんでしまっています。
title:確かに恋だった様
お登勢さんに頼まれたお遣いを済ませようと、店の裏口から外へと出た。
頬を撫でる冷たい風に身を震わせ、寒いと小さく呟きながら買ってくる物を書いた紙を見直す。
さて、どれから買いにいこうか、どこのお店で買えば安く買えるか考える。
その時強い風が吹き、その紙がヒラヒラと手から離れて落ちていく。
慌ててそれを取り戻そうと手を伸ばす。が、その先に見えた人影に目を奪われ、それは叶わなかった。
「君、トサカ君達と一緒にいた娘だよね」
そこにいたのは白い隊服に身を包み、女子と見間違う程の綺麗な容姿をした新選組・最高愛獲、沖田総司その人だった。
ただ立っているだけなのだが、とても絵になる。
しかし、そんなことも言っていられないと我に返った。
以前、龍馬さん達が雷舞をしていたところに、沖田総司率いる新選組一番組が居合わせた。桂さんの発明品で危機は脱したけれど、その逃げる間に私は巻き込まれてしまったのだ。
それを覚えていたのだろうか。
「どこに行くの?」
一歩ずつ近付いてくる足音に無意識に後ずさる。
裏口から出たのが仇になったのか、ここは人があまり通らない狭い路地裏。
距離を縮めながら尋ねられ、更に後ずさるが直ぐに塀に背中がぶつかった。
逃がさないとばかりに彼の手が退路を塞ぐ。
「か、買い出しです…」
「ふーん。そうなんだ」
上に視線を向ければ不意に目が合う。ニコリと微笑まれて、慌てて視線を足元へ戻す。両手に抱えた買い物袋をぎゅっと握った。
この人は、龍馬さん達を捕まえに来たんだ。
「りょ、龍馬さんたちならここにはいませんよっ…」
きっとこの人は、彼等と面識のある私を脅して、彼らの居場所を聞き出そうとしてるんだ。
そう思い、必死に紡いだ言葉だったけれど、声が震えた。
すると目の前の人は言われたことを理解してないのか首を傾げた。でも直ぐに納得したように、「あぁ、そっか」と呟いて不適な笑みを浮かべた。
「今日はトサカ君たちに用はないんだ」
え…?
疑問に思うのも束の間。
吐息が耳元に近づき、囁くように言った。
「用があるのは、君だよ」
title:確かに恋だった様
紅葉も終わりに近づき、またあの季節がやって来る。子供の頃はどちらかというと「雪だるまが作れる!」と喜んでいたのだが、仕事等のことを考えて少々がっかりしてしまうのは大人になった証なのだろうか。
テラーダは今日も客の出入りが激しかった。
片付けをする間も無く客の対応に追われていた為、客足が落ち着いているこの時間にやってしまおうと水を井戸から汲み、取りかかる。
空気も水もいつもより冷たく感じ、この時期の水仕事は辛いものがあった。
食器を洗い終わった今も、手が悴んで思うように動かない。
はぁ、と息を吹き掛け指先を暖めようとするが、暖かいのはその一瞬だけだ。手を擦り合わせ、また息を吹き掛ける。
「こんにちは。お疲れ様です」
誰も来ないと思い込んでいたせいなのか、後ろから聞こえた声に肩を震わせた。
ゆっくり振り向き、「桂さん!」と視界に入った姿に安堵する。
呼ばれた彼は、下がってきていたのか眼鏡をクイッと上げる仕草をし、此方へ近づいてきた。
「お仕事今終わったのですか?」
「はい。水仕事で更に手が冷えてしまって少々苦労しましたが」
無意識に両手を擦り合わせて暖める。やはりその暖かさは一瞬のものだと苦笑いをした。すると、
「それはいけません!」
桂さんは冷えた私の手を両手で包みこむ。
予想していなかった出来事に動揺を隠せない私は、思わずそれを凝視してしまった。
見た目はまるで女性のように可愛らしい容姿をしているのに、手は私のそれより大きく男らしいもので。
手の大きさの違いに、やはり男性なのだなと意識してしまう。
「こんなに冷えて…井戸水を一瞬にしてお湯に変える機械を発明しなくてはいけませんね」
「それは、ありがたいです。仕事も、捗ります…」
恥ずかしさのあまり、その両手を放して欲しいような、もう少し包んでいて欲しいような2つの思いが交差する。
いつもより近い彼との距離。
「なかなか暖まりませんね」
「こ、この季節はいつもこうですよ」
やっぱり恥ずかしい!
少しでも距離をとる為に大丈夫ですと言いかけた時、彼の手に包まれていた私のそれに桂さんの顔が近づき・・・ーーー
唇が、触れた。
「!!?かっ、桂さんっ!!!?」
「暖めて差し上げようと思って」
いきなりのことに脳がついていかない。
何があったの。今、私は桂さんに、何をされたの。
指先に触れた熱に先程の出来事を思い出し、カッと熱が顔に集中した。
両手を包まれているため隠すことができない顔を見て、彼はクスリと笑みを溢す。
「どうやら、暖まったようですね」