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無題:第一話

この世界にある特別なモノって、気付いたときにはもう他の誰かの手の中にあって、欲しいと思ったときには手遅れだった。
例えば地球上の大半を埋め尽くす青い海とか、広大に広がる土地とか、どっかの昔に誰かが立てたお城や銅像、あそこに立ち並ぶビルにも、ゴミ捨て場に戯れる蝿や鳥達にも、既に名前が付いていて、既に誰かのモノになっていた。
物心が付いたときには分かっていた。
私に特別なモノが無い理由、それは私自身が誰にとっても特別なモノじゃなかったから。
母親の柔らかい手は、もう他の誰かの手の中にあった。

「ああ、出て行くの。」
欲しいものへの叶わぬ願いを捨てたのは、高校三年に上がったばかりの頃。桜の木は散り終わっていた。
薄い桜色のスーツに身を包んだ中年の女性が、私の少し先を歩きながら言った。
その桜色の後姿を眺めながら、「うん」と届くことの無い返事をした。

十六の時から貯めていた貯金で、私は母と姉妹を残して家を出た。
高校卒業して、真っ先に首の付け根に小さなタトゥーを入れた。
宮沢賢治の「夜鷹の星」の話の中で、夜鷹が夜空に向かって飛び立ち、燃え尽きていくシーンを想像して描いた、私のシンプルなデッサンだ。遠くから見れば十字架のようにも見える。
彼が燃え尽きる時、その瞬間に何を思ったのだろう。
後悔、喜び、達成感、希望、痛み、悲しみ、憂鬱、怒り。
どれを取ってもこの結末は狂気的で、それでも哀愁のあるものだと思った。
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