「暗号なんて使わないで、素直に書けば良さそうなものを」
「案の定、姉さんが怒る様な内容でしたしねぇ」
あの二人の言葉のやりとりは、ハボックも知っている。よくやるな、と笑った。
「頭も仲も、良いのか悪いのか」
「似た者同士だから…波長が合うって言うか。子供っぽくなる時も、錬金術師の顔の時も。同じタイミングですよね」
「似た者夫婦か」
ケラケラ笑うハボックに、アルフォンスはきょとんとした。夫婦って、とツッコミを入れそうになるが、ふと思い出す。
姉はロイに恋しているのでは、と思った事を。そこでまた、自分はハボックに…と意識してしまって、つい俯いてしまった。
+++
「ん?どうした?」
そう言ってハボックはアルフォンスの頭をわしゃわしゃと撫でる。
なんだか見透かされてるな、と漠然と思う。
「……姉さんは、た…准将のことが好きなのかな?」
「んー、どうだろうねぇ」
やっと顔をあげたアルフォンスの頭を撫でるのを中止し、ハボックはサイダーを飲む。喉の奥で炭酸が弾ける感触を楽しむ。
「仮に告っても准将はオーケーするかな」
「え?」
「准将はねぇ何だかんだで彼女とか、プライベートで特別な存在を作らない人だから」
「……そうなんですか?でもよくラブレター貰ったりとかしてるって。デートとか」
「デートも市民サービスの一環みたいだし」
ロイを側で見続けてきた男からの意外な情報。それを聞く限り、どうやら幼少期のある出来事がトラウマになっているようだ。ロイの成長過程は複雑でハボック自身も又聞きレベルの概要しかしらないそうだ。
とすると。
「姉さん…振られちゃう?」
「かもね」
───
そっか、とアルフォンスは目線を落とす。
ロイは人として好きだなと思う。そこに、恋愛感情は皆無だけれど。もし、エドワードとロイが交際するとしたら、似合いな気がすると思っていたのに。
しょんぼりするアルフォンスに、ハボックはまぁ分かんないけどなと苦笑した。
「実際の気持ちなんてさ、当人しか分かんないもんだし」
「…そうかな」
ハボックに自分の気持ちは見透かされてると思うアルフォンスがそう言えば、彼は笑って。
「憶測や邪推は、誰にでも出来るさ。それが事実かは別としてもな。…言葉にしなけりゃ伝わらない事もあるのだよアルフォンス君」
ぽんぽん、と頭を撫でられ、アルフォンスはキュッと唇を結んだ。
今、言うべきなのか。ある意味チャンスだけれど。
+++
「あのっ……少尉は」
「もう少尉じゃないけど?」
「あぅ……ハボック、さんは」
「はいはい」
言い辛そうにしていると、ハボックにクスクスと笑われる。それが恥ずかしいやら腹立つやら。
「好きな人……いるんですか?」
「いるよ」
「っ!」
予想だにしなかった言葉に、アルフォンスは泣きそうになる。告白云々抜きに既に失恋確定だったとは。
「言葉にしないと伝わらないってさっき言ったじゃん?やっぱり告白した方がいいかな」
「だっダメ!!」
アルフォンスは血相を変える。ハボックが好きな人に告白して、それでオーケーを貰ってしまったら…。
本当はアルフォンスが禁止する権限などないのだけれど、それでも嫌なのだ。なんて自己中心的な恋なのだろう、と彼女は彼女に嫌悪する。
「ぼ、僕だって少尉のこと」
「はい、ストップ!」
ハボックに遮られ、アルフォンスは涙を浮かべたまま押し黙る。
「……オレが告白したらダメなの?アルの頼みでもそれは聞けない。だってさ、……」
オレはアルが好きなんだからね、と続いた言葉に彼女は耳を疑った。
───
アルフォンスはゆっくりと首を傾げた。
何て言った?アルフォンスが好きなんだから?
「………はいぃ?」
思わずそんな言葉が口から出た。ハボックはクックッと笑う。
「驚いた?」
カクン、と人形の様に頷くアルフォンス。不思議そうにハボックを見上げた。
「本当に?」
その言葉に、ムッとした顔になるハボック。だが、信じてないのか、いや俺が悪いけど。そんな事をブツブツ言い、よし、と改めてアルフォンスの目を見詰める。ゴホンと咳払いして。
「アルフォンスが好きだ」
「ハボック…さん…」
+++
「返事、聞かせてくれない?」
「ぁ……えと、」
アルフォンスは目を瞬かせた。その拍子に今までたまっていた涙がぽろりと零れた。
「僕も……好き…です。大好き、なんですっ」
「俺も大好きだよ」
そう言ってハボックは、アルフォンスにハンカチを貸してくれる。ついでに頭をわしゃわしゃと撫でて。
「よかった。オーケーしてもらえて」
ほっと一息。まだまだリハビリが必要で、思うような交際はできないと思うが、幸い時間はある。
ゆっくりと付き合っていけたら、とハボックは思った。
───