酎ハイ、劣等感、ぬいぐるみ
三題噺

目の前にあるのは、何度も何度も切り刻まれては縫われ、切り刻まれては縫われ、を繰り返した、ウサギのぬいぐるみだった。

《血濡れウサギ》

その子は何もしていないのに、毎日のように、カッターナイフで八つ裂きにされては、私の手で不恰好になおされる。愛らしかったウサギさんも、今では薄汚れて、まるで私の様だと思ってしまった。

最初は、その子に対する劣等感からだったと思う。もちろん、その子は何もしていない。ただ居るだけなのだけれど、つぶらな瞳が、優しい笑顔が、愛らしい全てが、恨めしかった。憎かった。そうなりたくて、そうなれなかった私には、ウサギが、本当に憎くなってしまった。

ウサギを憎いと思うようになってから、私は、お酒を飲むと、ウサギを切り刻むようになった。缶酎ハイを何本か飲むと、気付かないうちに、カッターナイフを握りしめていて、それは、ウサギを襲っている。

いつもは、そうなのだ。いつもは。

今夜は、何かが、違った。いつもは、右手に握りしめたカッターナイフは、私を襲ったりしないのだ。なのに、今夜、カッターナイフは、私の左手首を切り付けた。

知識としてはあった。リストカット。自傷行為。自殺。

私は、左手首から流れた血に、動揺してしまった。なんだこれは。なんで私が、こんなことになってるんだ。思いながらも、案外と冷静に対応する。カッターナイフはきっと、綺麗ではなかったからせめて傷口は消毒しよう、とか。どこにも血は垂れてないな、とか。長袖着れば見えないよね、とか。

そこまで考えて、首を振った。違う。私は今夜、自分の手首を切るために、カッターナイフを握りしめたんだ。ウサギじゃ、足りなくなったから。

ウサギのぬいぐるみは、私の分身だった。私自身だった。

可愛い顔は外面の良い私で、物言わぬ口は大人しい私で、傷だらけの外見は疲れた私だった。

ウサギだけで済めば良かったのになあ、と思いながら、右手のカッターナイフと左手首の包帯とを見比べる。

切りたい、とだけ思う。溜息を吐いて、ウサギを抱き上げた。キツく抱き締める。そうされたいと、思ったような気がした。



end
話題:SS




13/09/09  
読了  


-エムブロ-