外は、ザバザバとバケツをひっくり返したように、雨が降っている。雨、酷いなぁ、と思う。
お酒を呑んだ頭は、フワフワと靄が掛かっている。酔ったなぁ、と思う。
どうにも居た堪れなくなって、手首を切ってみる。血が出たなぁ、と思う。
全てが他人事だと感じる。だから、どうなんだろうなぁ、と思う。
「好きですよ」
あたしの手首から流れる血を止血しながら泣く彼に、言ってみた。
「何が?」
ズズッ、と洟を啜ったあと、彼は手首に包帯を巻きながら言った。だから、あたしは、答える。
「君のこと、好きですよ」
「良かった。リストカットじゃなくて」
彼は手首の包帯を整えながら言った。顔はこちらを向かない。
「リストカットなんか、大嫌いですよ。左腕は汚ないですし、半袖は着れないですし、そもそも、切ったら痛いですからねぇ」
「っ、じゃあっ!!!」
彼は、言いながら、あたしの顔を見詰めた。真摯な瞳は、涙で濡れている。あたしは、自由になった両腕で、彼をソファに押し倒した。
「“どうして?”ですか?」
抵抗も身動きもしない彼の瞳を見据えながら、問い掛けると、彼はコクリと一つ頷いた。
「そうすると、一番手っ取り早く、許容出来ない感情を、やり過ごせるんですよ」
「許容出来ない感情?」
「死にたくないけど死にたいとか、行きたくないけど行かなきゃいけないとか、食べたいけど食べられないとか、そういう、相反する思考ですよ」
言いながら、彼の首筋を丁寧に念入りに愛撫する。
「何してるの?」
「如何わしい気持ちになりました?」
彼は、動揺した瞳で、あたしを見上げる。
「ねぇ、セックスしましょうか」
彼は今度こそ、驚いたようで、目を丸めてあたしを見上げた。
「リストカットの次に、気が紛れるのが、セックスなんですよね。だから、手首を切るのをやめて欲しいなら、抱いてくれませんか?」
「巫山戯るな」
唐突に彼は、あたしを組み敷いた。手首を押さえ付けられて、包帯に、赤が滲む。
「痛いですよ」
「痛くしてるから。逃げる為に抱いてくれなんて言う奴、抱くかよ、バカ。俺が欲しいなら、そう言え」
あたしは、きっと、濡れた目をしていた。ドロリとした感情が、喉に絡みつく。それを飲み下すように一息。喉が鳴った。
「君が欲しいです」
「よく出来ました」
彼は言うなり、窒息しそうなほど、激しいキスをしかけてきた。涙が零れる。
もっと、彼が欲しくて、抱き締める。そのまま、溶けた。
***
「ごめんなさいね」
シーツに埋れたままで、言ってみた。
「何が?」
「リストカットしたことですよ。君が、嫌だって言ってくれてたのに、我慢出来ませんでした」
我慢も何も、と思う。苦しかったのだ、実際に。助けて欲しかったのだ。彼を欲したのも、実際ではあったが。
「うん。だから、今度から、切りたくなったら、昼間でも真夜中でも、言ってきな?」
そんな風に、甘やかされたら、あたしは。
「迷惑じゃ、ありませんか?」
「お前が傷付く方が、困る」
溢れた涙が、全てを物語っていて、あたしは、何も言えなかった。頷くだけで、精一杯だった。こんなにあたしを思ってくれる彼の為に、リストカットは辞めようと思った。別に、何でも良いのだけれど。結局は理由が欲しかったのだから。
end
話題:SS
13/09/11