ラスト・ライヴ
ショートストーリー

雨の降る音と、拍手の音と言うのは、酷似している。あたしには、あの音がどっちだったのか、解らない。

《ラスト・ライヴ》

その日は、酷い雨が降っていた。それでも、箱には、沢山の人が来ていた。箱、というのは、つまり、ライブハウスのことだ。その日は、あたしたちの、解散イベントだった。

あたしが、ギターボーカルを勤めるスリーピースバンド、Tristarは、七年前結成された。今だから言えるのだが、当時は、三人が三人とも、こんなに、自分達の歌を聞いてもらえるとは、思っていなかった。

それから、七年。まだまだ、これからだと思っていた矢先。

あたしは、右耳の聴力を失った。

だから、TristarのためにTristarから離れることにした。それが真相ではあったけれど、表向きは、音楽性の違い、ということにした。

それが、精一杯の強がりだった。

「みんな、今日まで、ありがとうございましたー!!!!!」

そんな台詞で、最後の演奏が終わった。

控え室に戻り、汗だくのまま、三人で包容を交わす。

「あたし、ちゃんと、出来てた?」
「大丈夫だった」
「最高だったよ」

それだけの言葉が、あたしは、本当に、嬉しかった。

打ち上げに、顔を出して、酷い雨の中、一人で帰る途中。ライブの興奮が冷める訳もなく、何度も、何度も、最後のライブを思い出していた。

これが、最後なんて、本当に、寂しすぎる。まだやれるんじゃないか、なんて、右側からの音を失ったときから、何度も思った。

雨の音と、拍手の幻聴が反芻されていた。その音が、似ているなあ、なんて、考えたときだった。

脳内ライブが最高潮に達したところで、身体が宙に浮いた。世界がスローモーションになる。一瞬だけ、身体中が激痛に襲われた。ぼやけた視界に走り去る車が見えて、轢かれたんだと気付く。

電話、と思ったけれど、身体が動かなかった。

だから、最後に聞いたあの音は、もしかしたら、拍手だったんじゃないか、って、あたしは、今も、思っているんだ。



end and...
話題:SS


13/06/21

追記  
読了  


-エムブロ-