「例えばさあ、太郎ちゃんとの、恋人としての記憶だけ、無くなったら、どうなるかなあ、って、考えるわけ」
なぎさは、酔いの回った口調で、ニヤニヤと笑いながら言う。
「ほら、うちらさ、仕事場一緒じゃん?だから、最低でも週一回は、顔合わせるわけよー」
そこで、なぎさは、また、ワインの入ったグラスを傾ける。
「でも、逢おうよ、とかそう言う連絡はなくて、仕事場で顔会わせても、なあんにも、変わらないの。いつも通り。ただの同僚」
ニヤニヤと笑うなぎさは、なんとなく、潤んだ目をしているような気がした。
「そうなったら、太郎ちゃん、どう思う?」
「わかんないよ。そんなこと、起こってみなきゃ」
「だから、想像しろ、って言ってんのよ」
なぎさは、思い出したように、煙草に火をつけた。煙草の煙を、ふーっと、俺の顔に吹き掛けて笑う。
「あー、やば。気持ち悪ぅ…」
「飲みすぎ」
「うるさい、ほっとけ。そんなことより、想像しろ、っての」
「何も、変わらないんじゃないかなあ」
そこで、なぎさは、悲しそうに笑った。
「あは、だったら、別れようか」
え、となぎさの腕を掴もうとして、失敗する。なぎさの腕は、手の届かない所にあった。
「恋人としてのあたしが、居なくなっても何も変わらないなら、あたしなんか、居ても居なくても、同じってことでしょ?」
「ちょっと待ってよ」
「待たない」
なぎさは、即答だった。
「もう決めた。いつかみたいに、試そうってんじゃないの。太郎ちゃんにとって、あたしが、必要、じゃない、なら、もう、別、れる、って、決め、て、来た、か、ら」
即答だったけれど、途中から、嗚咽混じりになっていて、上手く喋れなくなっていた。
「あはは、泣かない、って決めてたのに」
そう、ぼやいたなぎさを抱き締めようとして、拒否された。
「止めてよ!」
「なんで?」
「いつも、自分の気持ちばっかり優先してさ!あたしの気持ちなんか無視じゃん!触んないでよ!」
なぎさは、泣き叫んでいた。というより、もう、ヒステリーだ。俺は、仕方なく、黙って聞いていた。
「あたしが他の部署の人とランチ行ったら、仲良いね、なんて言うくせに、自分だって他の人とランチ行ってるじゃん!」
「一人でDVDみてるから、本読んでたら、DVD終わったから構え、って、は?って感じだし!」
「仕事量変わんないのに、休みは昼まで寝かせろ、って。休みも仕事の日も、24時間しかないんだから、もっと時間を大切にしろっつーの!!」
「もっと言おうか?!あたし、これでも、モテるんだからね?!友達に言わせれば、そんな男振っちゃいな、って言われるくらいには、あたし、イイ女なんだからね。太郎ちゃんには、勿体無いのよ、あたしはー!」
「太郎ちゃんなんか、好きになんなきゃ良かったのよ…ばか」
「こう言うときは、あたしが嫌がっても、無理矢理抱き締めろよ…太郎ちゃんの、あほ」
泣きながら、なぎさは、寝た。
明日の朝、言ったことを全部、忘れてくれてると良いなあ、と思うばかりだった。
end
話題:SS
13/06/20