手を離した理由 後編
ショートストーリー

僕たちは、縺れ合い、服を脱ぎ捨てながら、ベッドに移動した。

酔っていたからだろう。あるいは、世界から、隔絶されていたからか。僕たちは、まさに獣のように、お互いを貪った。熱に浮かされたサキさんが、冗談めかして笑う。

「ナツくん、セックスが上手くなったよね」
「サキさんが、良い先生だってことじゃないんですか?」
「っ、ぁ、バカ」
「ふふ。ね、サキさん、イきそうでしょ。イくとき、イくって、言わないと、止めませんからね」
「やめ、ないで」

サキさんのナカがドクンドクンと脈打つのを感じながら、僕は、律動を止めなかった。サキさんが、生理的な涙を流しながら、僕にしがみつく。深いキスを仕掛けた。

やめて、と言いながらサキさんは、泣いていた。止められなかった。僕は、サキさんのナカに白く濁った精液を吐き出した。

気を飛ばしてしまったサキさんに、布団を被せ、僕は後処理をする。僕は、泣いていた。

理由は解らない。

ただ、切なかったんだろうと想像する。僕は、サキさんが好きなのに、サキさんも、僕のことを好きで居てくれるのに、上手くいかないことが。

これから僕に、何が出来るんだろうかと考えながら、僕は、後片付けに追われた。

***

「ナツくん?」
「ん、んん、んー。はい」

背中にぴったりとくっついて、サキさんは言った。先程から、そんなに、時間が経っていない。まだ、夜と言える時間だった。

「飛んだみたいね」
「えぇ」
「びっくり」
「そんなに、良かったですか?」
「うん。またシたいくらいには」

僕は、サキさんの方を向いた。そのまま、サキさんを押さえ付ける。

「それ、誘ってるんですか?」
「ナツくんがそう思うなら、そうだと思うよ」
「サキさんは、狡いですよね、いつも。そんな風に言って、あんな風に言うのに、サキさんの本音はいつも、隠したままだ」

僕は、サキさんにキスをした。貪るように、追い詰めるように。

「あたしの本音は、いつも一つだけよ?あたしは、君が欲しい」
「冗談はよしてください。サキさんが、僕を君と呼ぶとき、サキさんは、嘘を吐いているか、あるいは、本音を言っていない、ってことくらい、僕は、気付いてるんですよ」

僕は、サキさんの言葉を待たずに、サキさんに愛撫を始めた。胸を弄びながら、馬乗りになる。

「ゃ、あ。止めて」

僕は、サキさんの言葉を無視した。まるで、レイプしてるみたいだ。どくりと、下半身に血が集まるのがわかった。

「やめて、ねぇ、ナツく、んんん」
「そんな甘ったるい声出して、本当に止めて良いんですか?」

これじゃあ、まるで、本当にレイプだ。けれど、僕は、手を止められなかった。

「ねぇ、いつかみたいに、縛りましょうか?抵抗なんて出来ないように。僕から逃げられないように」
「やれるもんなら、やってごらんなさいよ」

それが、サキさんの誘い文句だと解っていて、だから、僕はのった。

「へぇ、余裕ですね。もうほとんど抵抗出来ない体勢の癖に」
「ナツくんには、出来ないわよ。ナツくんは、優しいから」

その言葉を聞いてから、僕は、サキさんの足の間に割ってはいった。サキさんの両手を捕まえて、右手で押さえる。キスをしながら胸を弄んだ。ねっとりと、追い詰めるように。それから、口をはなして、敏感なところを触ると、サキさんは小さく喘いだ。

「感じてるじゃないですか。少しは抵抗してみせたらどうなんですか?」

言いながら、手首をキツく押さえる。サキさんは目を伏せて、顔をそらせた。同時に身をよじって、腕を暴れさせる。力はこもってなかった。僕は、まるで悪人のように、せせら笑った。

「力、入ってないですよ」

サキさんは、嫌とでも言うように首をふる。僕は、嫌じゃないくせに、と笑いながら、サキさんを追い詰めていった。

背後から、サキさんを突き上げたとき、サキさんは、また、泣いていた。生理的なものか、感情的なものか、僕には、わからない。ただ、そのとき、サキさんは絶頂の一歩手前だった。

「ほら、イけば良いじゃないですか。気持ちよすぎて涙止まんないんでしょう?」
「ぃや、ぁ、やめっ、んん」
「嫌じゃないでしょ、こんな風にしてて」

止めて、と譫言を言い続けるサキさんを、僕は、責め続けた。きっと僕は、今までずっと、そういう風に、サキさんを責め続けて来たんだろうと思う。それは、ほとんど、確信だった。

僕が果て、サキさんは、ぐったりと、ベッドに沈んだ。サキさんの隣に、ぴったりとくっついて、横になる。

「愛してます」
「あたしも、よ」

僕たちは、そのまま、深い眠りについた。

***

珈琲の香りがした。朝が来たようだ。顔をあげると、丁度、バスローブを羽織ったサキさんと目が合う。

「おはよ、ナツくん。珈琲飲む?」
「はい」

まるで、夫婦のような会話。僕たちは、寄り添って珈琲をのんだ。会話はない。空になった珈琲カップをテーブルに置いたとき、サキさんが、僕に、キスを仕掛けてきた。しっとりとした唇が、僕を煽る。

「朝からそんなキスされると、困っちゃいます」
「わざとやってるの。ナツくんなら、わかるでしょ?」

僕は、サキさんをベッドに引き込んだ。昨晩とはうってかわって、サキさんは、照れたように、少女のように笑う。僕も、きっと、同じ様な笑みを浮かべていたと思う。

お互いの存在を確かめ合うようにキスをした。それから、丁寧な愛撫をする。気持ちいいですか?と確かめながら。その度、サキさんは、火照った頬で頷いた。ゆっくりとした快感で、僕たちは同時に、絶頂を迎えた。

時間が止まったような空間で、僕は、サキさんを抱き締めた。サキさんは、幸せそうな笑顔を僕に向ける。目だけが、潤んでいた。

「愛してますよ」

僕が言うと、サキさんは、唇を震わせた。僕も、サキさんから紡がれるだろう言葉を解っていたから、泣きそうになった。だけど、泣くわけには、いかないと思った。

「あたしも、愛してるわ。でも、だから、別れましょう」
「どうしても、別れなくちゃ、ダメなんでしょうか」

僕の悪足掻きに、それでも、サキさんは、頷いた。

「このまま二人で居ても、お互いがお互いの足を、引っ張ってしまうわ。あたしは、ナツくんを、縛り付けたくはないの」
「僕が、それでいい、って、言ってもですか?」
「うん。ダメ」

だから、別れましょう。サキさんは、笑いながら、泣いていた。サキさんが振る側なのにズルい、とは、思わなかった。

「ねぇサキさん。だったら、一つだけ、約束してください」
「何かな?」
「僕が今のサキさんと同じ年齢になったとき、僕もサキさんも、まだ、お互いのことを忘れていなかったら、今と同じ気持ちだったら、結婚してください」
「五年よ?」
「はい。その間に、サキさんのこと、どうやったら大切に出来るか、幸せに出来るか、考えておきます」
「ほんとクソガキね。あたしが、君のこと、忘れちゃうかもしれないのに?」
「それでも構いません。お互いが同じ気持ちだったらで、良いんです」
「わかった」

そのとき、サキさんは、ボロボロ泣いていたし、僕も、泣く直前だった。僕は、サキさんの涙を拭ってから、触れるだけのキスをした。

「約束、ですよ」
「うん、約束」

サキさんは笑いながら泣いていたし、僕も、泣きそうな顔で笑っていた。サキさんは、先にシャワー浴びるね、と部屋を出ていった。

いつもなら、一緒にお風呂入ろうか、と言ってくれるのになあ、と思うと、また、泣きそうになった。

サキさんと交代で、シャワーを浴びる。頭から生温い水を被ったとき、僕は、泣き出した。歯を食いしばって、嗚咽をこらえる。そうでもしないと、大声をあげて、泣きそうだった。

***

「じゃあ、また」
「はい。五年後に」

僕たちはそう言って、三年間、繋いでいた手を離した。サキさんが、さよなら、と言わなかったことだけが、救いだった。

きっと、この三年間、サキさんだけが僕と手を繋ごうとしてくれていた。僕はというと、サキさんの手を、無理矢理、握っていただけに、過ぎなかったんだろう。

それでもサキさんは、さよなら、とは言わなかった。

僕は、もう、間違えない。僕らは、五年後に、手を繋ぐために、この日、手を離した。



end
話題:SS


13/06/09  
読了  


-エムブロ-