逢えないとしても、触れ合えないとしても、心が壊れたとしても、あたしは、あなたを、愛する。そう決めた。
《約束》
「これは?」
白衣を着た青年が、興味深げに訊ねた。訊ねられた、同じく白衣を纏った初老の紳士は、切なそうに笑った。
青年が指差したのは、氷付けの乙女がプカリと浮いているカプセル。
「何だと思います?」
「魔法石でしょうか。何かしらの、エネルギー物質ではあると思うのですが、あまり、良くわかりません」
青年は、ジーっと、カプセルを見つめ続けながら答える。
「ほぼ正解ですよ」
紳士は、片眼鏡を外して、にこりと笑った。
「何のエネルギーなんですか?」
「それは、彼女から、直接、教わった方が、良いと思いますよ。私は、席を外しますから、気の済むまで、彼女を、見詰めていらっしゃると良い」
「彼女に、教わる、ですか?」
紳士は、ふんわりと笑い、では、と部屋を出た。取り残された青年は、また、カプセルを見詰める。
『やっとあえた』
何処からか、声がする。青年は、キョロキョロと辺りを見回した。
『ここよ』
再び声がして、青年は、カプセルを凝視した。
「君、なのか…?」
『そう。やっと、逢えた。思い出して…』
同時だった。閃光が射し、世界が揺らめいた、かに見えた。風景が一変していた。青年は、草原にたっていた。
「…ここは?」
「ここは、記憶の中よ」
唐突に青年の目の前に、先程までは、氷付けであったはずの乙女がいた。
「き、君は?」
「私は、イヴ。そして、貴方は、アダム」
彼女がそう言った刹那、青年は、ハッとした表情になる。
「思い、出した…?」
彼女は、祈るような、懇願するような、哀しむような表情をした。
「ここは、かつて俺が、俺たちが、始まり、途絶えた場所…。そして、君は、俺の、たった一人の、愛した人」
「アダム!!!」
二人はきつく抱き合った。そして、幻想は途絶える。
「やはり、君でしたね」
氷付けの乙女を抱き締める青年の前に、老紳士がいた。
「せ、先生?」
「まだ、私を、先生と、呼べるのか?アダム」
老紳士は歪な笑みを浮かべていた。青年は、苦々しい表情で吐き捨てた。
「賢者の石の為だけに、俺たちを、引き離した張本人、か」
老紳士は、芝居がかった風に、大きく頷いた。
「いかにも。私は、何年も、何十年も、何百年も、この時を待っていたのだよ。アダムが転生するのを。アダムとしての肉体と精神を持ち合わせて、転生するのを。そして、私の前に現れるのを。時は満ちたのだ!!今度こそ、私は手に入れる!賢者の石を。永遠の身体を。永久の命を!!!」
汚ならしい笑い声をあげる老紳士と、黙りこむ青年に、声が響いた。
『そんなこと、させないわ。時は満ちたのは、私も同じよ。私は、此処から出る』
「そんなことをすれば、お前は、永久を失うぞ?!?!」
『そうでしょうね。けれど、アダムとは、生きれるわ。もう、たった独りで、待つ必要はないの』
青年は、僅かに困惑していた。全くもって、蚊帳の外。付いていけないのが、実状だった。それを見抜いた老紳士は、ニヤリと笑った。
「アダム。お前は、アダムとして、イヴと、生きていけるのか?今を捨て、名を捨て、家族や友人を捨て、全くの別人として。アダムとイヴが、一緒に居るとなると、きっと、平穏には過ごせまい。命を狙われるぞ。そうなってもなお、その女を、そこから、出すのか? 出さなければ、お前と私とで、賢者の石を創ろうではないか。お前と私とでなら、出来るぞ」
卑下た笑いを上げた老紳士を、青年は、殴り飛ばした。
「確かに、迷いはある。けど、俺は、それでも!イヴを、愛してる!馬鹿にするな!!!」
『アダム。愛してる。私、此処から出るわ。直ぐには会えないかもしれない。でも、必ず、逢えるから………』
イヴは、最後の言葉を残して、氷付けの中から、消えた。それを見つめて、老紳士は、呆けていた。
「ああ、何と言うことだ…。私の永久が…。ああ。ああ」
青年は、老紳士を部屋に残し、そこを立ち去った。廊下に白衣を捨てる。
「直ぐに、迎えにいくから」
アダムは、ポツリと呟いた。
end
話題:SS
13/01/04