キッチンに立ち、夜を溶かし込んだみたいに、真っ暗な珈琲を入れていたときだった。不用意な言葉が、溢れてしまった。死にたいなあ。
「ん? なんか言った?」
リビングにいた彼は、テレビから目をはなして、私を見据えると、聞き返した。
「何でもないよ」
私は、条件反射で、そう答えた。何でもなくないのに。
「うそ」
彼はテレビを消すと、私の隣に寄り添って立った。
「何て言ったかは、ほんとに、聞いてなかったけど、何でもない、って顔じゃないよ?」
私はまた、白々しい嘘を吐く。
「何でもないよ、ほんと。少し、疲れてるだけだもん」
気のせいじゃないかな。そう言うと、彼は、すまなさそうに、笑った。
「俺に言いたくない? だったら、無理に聞かない。でも、変だなって、分かるのに、何もできないのは、少し、寂しいな」
そう言って、彼は、私を抱き締める。苦しいくらいの力強さだった。
「ねぇ、苦しいよ?」
「でも、お前が、どっか行っちゃいそうで…」
私は、少しだけ、目の奥が熱くなった。けど、泣くわけにはいかないなあ、と思う。
「ありがとう」
彼の背中に手をまわして、あやすように、二度叩く。私は、また言う。
「どこにも行かないよ。大丈夫」
だから、死ねないんだよなあ、と思う。少し、疲れてるだけだから、大丈夫。
考えていたら、また、泣きそうになった。
「泣いても、いいよ」
今度は、我慢できなかった。ぽろり、と涙が落ちる。
「お前は、我慢しすぎ。頑張りすぎ。俺には、わかるんだから、わかっちゃうんだから、俺にくらい、甘えてよ。ね?」
私は、コクコクと、頷くことしか出来なかった。
少しして、ありがとう、と言うと、彼は、泣いてても可愛いな、なんて、言いながら嬉しそうに笑った。
end
話題:SS
12/12/23