この人さえいなければ、幸せになれるんだろうなあ、と思いながら、あたしは、包丁を握った。
《さかな》
その包丁で、魚をさばく。ぬるりとした内臓を取り出した。上手くさばけるようになったものだ、と思う。
「今日の夕飯は?」
「煮付け」
単語だけの会話。
父親は、冷蔵庫からビールを取り出して煽った。父親、だなんて、思ってもいないが、父親には、かわりない。
嫌々ながら、一緒に食事をする。
あたしは、夕飯の終わったキッチンで、片付けを済ませると、部屋にこもった。
ヘッドフォンで、ラジオを聞く。テレビは嫌いだ。誰かが不幸になるような話題でしか、テレビは盛り上がらないから。
ふと気付くと、あたしは、カッターナイフを握り締めていた。おかしいな、と思い、右足の太股の内側を眺める。そこには、真新しい傷が鎮座していた。
まあた、やっちゃった。
携帯を掴んで、傷を撮る。ブログを開いた。
『また、やっちゃった。最近、気付いたら、切ってる。ほんと、やだなあ。やめたいなあ。やめたい、やめたい、やめたい。…人間なんてやめたい』
リアルを更新した。ほとんど即レスでコメントがはいる。
『解るよ、なんて言わないけど、解りたい。辛かったら言って良い。僕が聞くから』
それに、返事をする。
『ありがと。でも、自分でも、わからないの。何が辛いのか、どうしたいのか。ただ、1つ解るのは、生きてるのが、辛い』
またも、即レスだった。
『やりたいように、やっていいんだよ。したいことをすればいい。したいように、して良いんだ。だから、死んだりしないで。僕は、君が死んだら悲しい』
それを見て、あたしは、またも、カッターナイフを握った。
あたしは、あの男を殺したい。あいつさえいなければ。何度も思った。だけど、出来ないんだ。あたしは、意気地無しだから。
『あたしには、出来ない。悔しい。辛い。また、切った。もう、やだよ』
さっきの傷のとなりに、新しい傷が出来上がった。
涙は出なかった。
代わりに血が流れた。
いっそ、殺してしまえたら。いっそ、死んでしまえたら。
そんな思いが、反芻する。
苦しくなって、ラジオのボリュームを上げた。ラジオの向こうの人が、言っていた。
『今頑張れば、結果はついてくるよ!!!だから、頑張って!!!』
そう、叫んでいた。あたしは、頑張れなかった。
包丁の代わりに、カッターナイフを引っ付かんで、お風呂場にいった。
乱暴に手首を切り刻んで、湯船に浸した。
全然血が出なくて、絶望して、キッチンに包丁を取りに行った。父親に出くわした。
「おう、つまむもん出せや」
「ねぇよ」
「はぁ?!?! てめぇ、誰の金で、飯食ってると思ってんだ?!?!」
あたしは、サンドバッグにされた。頭と顔も何度か殴られたらしく、視界が歪んでいる。
あたしは、フラりと、家を出た。寒かった。
近くの河川に行った。割りと流れが早いのだ。あたしは、魚になろうと思い、河川に入り込んだ。
真ん中辺りで、身体を沈めた。
水が冷たく、あたしを流していった。あたしは、魚になる。最初から、人間は嫌だった。
end
話題:SS
12/12/18