さよなら
ショートストーリー

呆れるくらい、毎日一緒にいた。だから、こんな日が来るなんて、想像もしていなかった。

《さよなら》

「別れ、よっか」
「うん」
「ばいばい」

あたしは、声を振り絞って言った。彼は、うん、とだけ返す。

その言葉は、まるで、いつも通り、明日は買い物に出掛けようか、と言ったときの返事のようで、あたしは、苛立った。

なんで、そんなに、他人事みたいに、返事するのよ。別れるんだよ? もう、さよならなんだよ? あたしのこと、好きじゃなかったの?

そんな言葉が、溢れそうになる。でも、言わない。言えない。

「今まで、ありがとね」

代わりに、そんな、いい子ぶった台詞を吐いて、右手を差し出した。

「ありがとな。好きだよ、今でも」

彼は、あたしの右手を捕まえて、あたしの目を見て、笑った。不格好な笑顔だった。

「っばか!」

あたしは、泣きそうになる。別れようって言ったのは、あたしだったのに、別れるのが嫌になったのも、あたしだった。

ここで泣くのは、ズルい。そんなの、卑怯だ。

「…泣くなよな、我慢できなくなるから」

彼は、言いながら、あたしの頭を優しく撫でた。

「何を?」

あたしは、泣き声でたずねた。

「抱き締めたくなるだろ」
「っばか、ばか、ばかっ!!」

あたしは、頭の上の手を払い除けて、彼に背を向けた。

思ったことを口に出さない人だった。好きだなんて、一言も言わなかった。あたしに優しくないくせに、誰にでも、優しい人だった。

ふと、背中から、体温が伝わってくる。一瞬安心して、ダメだと思って、体をよじらせた。でも、彼は、離れてくれない。

「お前が別れたいなら、俺は別れる覚悟はしてる。俺よりいい男なんて、沢山いるからな。…でも、泣いたりするなよ。別れたくないのかなって、期待するだろ。ついうっかり、頭撫でたり、抱き締めたりしたくなるだろ」

背中からの訴えは、少し震えていた。あたしは、それをおとなしく聞いているだけ。

「まだ、好きなんだ」

ばか、とあたしは、吐き出した。

「嫌なら、別れたくないなら、そう言ってよ」
「負担になりたくない」
「いつ、そんなこと言った?」
「言って、ないな」
「言わなきゃ、わかんないじゃない。あんたが、まだ、あたしを好きだなんて、あたし、今知ったもん…」

彼があたしの体を無理やり、反転させた。そのまま、もう一度、抱き締められる。

「お前は、俺のこと嫌になっちゃったかもしれないけど、俺は、お前のこと、好き」
「あたしも、ほんとは、…別れたくない……」

骨がきしむほどに、抱き締められて、どちらからともなく、キスをした。



end
話題:SS


12/12/06  
読了  


-エムブロ-