街の外れには、真夜中から朝までしか開いていない、妖しい店があるそうだ。その店にいけば、望みが叶うらしい。
《貴女の、望みは?》
店主はいつも、自分で淹れた抹茶を、啜っている。
「もし」
客人が声をかけると、奥から和装の女性が出てくる。闇色の髪をゆるく結い上げ、彼女は気だるげに笑う。
「いらっしゃい。何をお求め?」
店主が問うと、客人は、ぼんやりとした表情で答えた。
「眠れないのです」
「なぜ?」
「悪い夢を見てしまうのです」
店主は、ガラリと引き戸をあけ、木箱を取り出した。木箱の中身は、木片である。
「これはいかが?」
「香木、ですか。それなら、もう、試したのですが…」
店主は、ニヤリと笑う。
「此処には、巷じゃあ、手に入らないモノが在るから、いらしたんでしょう?」
「…そう、ですが」
店主は、すべて見透かしているかのように、客人を見ていた。
「無理に売り付けたりしないわ」
「でしたら、下さいな」
「まいど」
店主は、にこりと笑う。客人は、おずおず、といった風に、聞いた。
「あの、御代は…?」
店主は、少し思案顔をする振りをしてから、客人に言う。
「可愛らしい、髪飾りね。それを、頂こうかしら」
「これは、その…。いえ、どうぞ」
客人は、店主の手に、髪飾りを渡すと、香木を受け取り、店を出た。客人を見送り、抹茶を啜りながら、店主は呟いた。
「以前の恋仲から貰ったモノなどを、身に付けるから、眠れなくなるのよ。大方、夢に出たのは、以前の恋仲ね。人の念は、恐ろしいものよ。好意にせよ、敵意にせよ」
それから、手にある髪飾りを弄んだ。
「これは、術具にでも、する他ないわね。髪飾りとしては、使い物にならないわ。念が強すぎる」
店主は、時計も確認せずに、店の戸をピシャリと閉めた。今日は店仕舞いのようだった。明け方前である。そんな時間にしか、店が開いていないから、怪しい店と言われるのだろう。
end
話題:SS
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