リズム
ショートストーリー

突然の耳なりで、ぐらりと揺れた。音が聞こえなくなる。

怖い。

素直にそう思った。何が怖いのかは、わからない。ただ、怖いと感じた。

それは、他者から蔑まれる恐怖か、あるいは、誰からも関心を示されなくなる恐怖か。

自分を安心させるために、肩を抱いた。カタカタと震えていることがわかり、余計に、怖くなる。

このまま、死んでしまうんじゃないか、とさえ思った。振り切るように、ぎゅっと目を閉じた。

たった一人で、誰にも、見付けて貰えないまま、朽ち果てる。

そんなビジョンが、瞼の裏に貼り付いたときだった。

部屋のドアが開く。

「ただいま」
「あ、お帰りなさい」

笑って、返す。同時に抱き締められた。

「急に、どうしたの?」

平然を装って、笑いながら聞くと、彼は言った。

「しんどそうな顔してたから…大丈夫?」
「変な顔してた?」

まだ、誤魔化せるかもしれない、と思い、苦笑いを返す。

「変な顔って言うか、辛そうだったから。勘違いなら、良いんだけどね」

この人に、隠し事は出来ないなあ、とつくづく思う。

「…違わない、よ」

ぼそりと、彼の腕の中で言う。何かあった? と彼。

「何も、ないんだけど、急に怖くなっちゃって、さ…」

言いながら、鼻の奥がつんとした。苦しい、なあ、と思う。

自分の脆弱さが、恨めしかった。

「大丈夫。俺は、何処にも行かないよ。置いていったりしないし、俺の帰る場所は、ここだから」

だから、大丈夫。そう言って、彼は腕に力を込めた。

「苦しい、よ…」

言いながらも、彼の背にまわした腕に力を込めた。

こんなにも、思ってくれているんだから、大丈夫。そう思えた瞬間、不意に涙がこぼれた。

彼は何も言わずに、とんとん、とリズム良く背中を叩く。そのリズムに安心して笑うと、彼は、ゆっくりと離れた。

指先で、涙を拭われる。

「笑ってる方が、良いよ、絶対」

うん、と、笑みを深くした。

あの恐怖はすっかり、幸せに変わっていた。



end
話題:SS


12/08/06  
読了  


-エムブロ-