#白水空音 の日常
ショートストーリー

「空音(そらね)。ああいうの何て言うか知ってるか?」

雨(あめ)ーー胡散臭そうな眼鏡が印象的だーーは、私が何と応えるか解った上で訊いているのである。そういった、何でもお見通しだ、と思わせる雰囲気を纏った男なのだ。

「知ってるわ。かじょーぼーえー、って言いたいんでしょう?」

しらばっくれるという選択もあるにはあったのだが、癪だった。だからあえて、知ってるんだか知っていないんだか、わかってるんだかわかってないんだか、曖昧な態度で応えた。

「そうだ。過剰防衛、だ。全く、困ったことをしてくれたな」
「だって、仕方ないじゃない。私は生命の危機を感じたんだもの」

私は、ぷくりと頬を膨らませてみせる。こんな仕草ごときで誤魔化せるなんて思ってはいないけれど、雨と真面目に話しても、こっちが疲れるだけなのだ。

「だからって、一般人相手に、一般人の眼前で、異常なコトしたらどうなるか、頭のいいお前なら、もう、わかってんだろ?」

私はうっと息を呑むしかなかった。それを言われたら、何も言い返せない。

「確かに、空音は人目を引くし、釣られたあのキモ親父が、お前にナニする気だったのは明白だけどよ」

そういって、その男は、私の白い髪を、ふぁさりと撫でた。

「やるならバレないようにやれ。いーな?」
「そう、ね」

私は彼の手を振り払えなかった。唯一、私が殺しそびれたのが、この、雨という男だったのだ。

***

その夜。私はまた、ふらりと出歩いていた。殺して欲しそうな人を探すために。見つけた獲物は、それなりに背が高くて胡散臭そうな眼鏡をかけていた。彼の視界に、ぎりぎり入りそうなところで、小さくうずくまる。

さあ、声をかけていいのよ。こんなに可愛い女の子、気になるでしょう。それに、この綺麗な白い髪、気になるでしょ?

こういったのが、常套手段だった。あとは獲物のほうが勝手に殺されにくるのだ。

案の定、彼は私に近付いて来た。私の肩を抱くのかしら。どんな風に声をかけるのかしら。わくわくして待っていると、彼は、私の射程距離の、ぎりぎり外側から声をかけてきた。

「お前さ、殺気出すぎ。一般人ならわかんねぇかもしれんが、俺は一般人じゃねぇぞ」
「貴方、なんなの?」

私は思わず、立ち上がり、今夜使おうと思っていたナイフを構えていた。

「俺?青井雨(あおい・あめ)だ。日中は仕事してるけど、夜は殺人鬼だ。お前、名前は?」

あまりにも簡単に言うものだから、私は思わず答えてしまっていた。

「空音」
「嘘、という意味だな」
「物知りなのね」

誰かとこんな風に会話をしたのは、いつ振りだったろうか。

「苗字は?」
「白水(しらみず)」
「米のとぎ汁?」
「違うわよ」

冗談を言われたり、怒った振りをする、何てコトが、私にもできたんだ、と感心すらしてしまった。

「冗談だ。怖い顔するなよ。澄んだ水、だな。お前に良く似合う、いい名だな」
「そんなこと言うの、貴方くらいよ」
「そうか。なあ、それは悲しいか?」
「まさか。私は悲しんだりしないわよ。殺人鬼だもの」

そうやって、気付けばお互いに、秘密を共有していた。

***

そして現在、私は雨の部屋に住んでいる。雨が働いている間に、家事をこなすことが日課になった。だから、太陽が出ていない日中、極偶に、外を出歩くようになった。

すると、今日のように、気持ちの悪い親父が釣れてしまい、結果、胸ポケットに入れているボールペンで、手の甲を串刺しにしてしまったりしている。

吹き出る赤と、青ざめる顔、それを見てみぬ振りをする周りの馬鹿たちほど、見ていて面白いモノはないのだけれど。雨が、人目につかないところでヤレというから、一応、気をつけるようには、し始めた。

そして今夜は、待ちに待った、殺戮の日。お互い気の済むまで、人間を嬲り殺した。髪も洋服も、顔も手指も、真っ赤、である。真っ赤に染まった雨を見て、洗濯が面倒くさいな、と思うほどには、この生活に慣れていた。

「雨。私はきっと貴方の事、殺せないんだろうけれど、なんで貴方は、私の事、殺さないの?」
「ひとりだと、寂しいから、だろ?」

雨は、真っ赤に汚れた私を抱きしめた。

「汚れる」
「お互い様」

私たちは公園の片隅で返り血を洗い流し、濡れたまま、手を繋いで部屋に帰った。

おやすみ、と。声は溶けた。



end

話題:SS


14/07/25

追記  
読了  


-エムブロ-