話題:SS



いつからだろう。
人というものが怖くなったのは。





 じくり、胸が痛い。


 目の前の顔が大きく見える。
 比喩などではなく、大きく見えるのだ。
 自分の数倍もあるような、質量のある大きな顔。そこからじわり、嫌な気が落ちてきている。ねっとりと重いそれは息を苦しくさせる。

 言葉が詰まる。

 怖い。

 否、何も考えられない。







「そんなことは、頻繁にあるんだよ。顔が大きく見えると僕は自分の形さえ忘れてしまう。」


 とろり、溶けてしまうんだよ。

 まるでアイスクリームみたいにね。


「それは、確か病名がついてたよな」

「そ、不思議の国のアリス症候群なんてメルヘンチックなお名前がね。確かに、僕はアリスの気持ちはわかる気がするよ。大きくなったり小さくなったり。世界が歪むのも物が話すのもね。」

 でもここじゃ、御伽噺信じてる異常者扱い。

 頭にお花咲いてんのはあいつらだろ。


端から信じる気なんてないくせに、親身になって聞くふりをする。
一生懸命話を聞いて、否定する。

 あなたは異常なんだよ。
 現実はこうだよ。
 私が言っていることが正しいんだよ。


 こっちの話なんて覚えてもいない。

 空っぽの頭に詰めることすらできないなら、聞かなきゃいいのに。


「僕はいま、僕でいようと必死なんだよ」


 変わることは許されなかった。

 意見を主張する事も。

 聞いてなんてくれなかった。




 だから僕は、この非現実的な感覚が大好きだ。



 きっとこれが普通なんだよ。



 ふわり、ねとり、ぽちゃり、ふっくら


 感覚的な。

 意識の水。