昨日、まおさんに会うまではここ数日間ずっと、夜になると布団に入って泣いてました。苦笑

理由は心にあるお別れという選択が強く膨らんでいたから。

色んなことを思い返して、考えて、もうダメだと思ってた。


好きなのに、好きだからこそ…。


お別れを考えて胸が傷んでぼろぼろと大粒の涙が零れて、心が抉られたように苦しくなって身に染みた。

心が抉られるのは当然だ…。

だって、まおさんは私の心の一部なんだ。
もしかしたら一部なんてモノじゃなくて全てかも知れない。


嗚咽が零れて呼吸をすることもままならない位に、小さな子供みたいに泣きじゃくって息が苦しくなって気が付いた。

息が出来なくなるのも当然なことなんだって…。
だってまおさんは私の酸素なんだ…(_ _)。


まおさんを手離すということは、まおさんから離れるということは、心をえぐり取って呼吸をするのを止めるということ。


つまりは生きてなんて行けないということなんだ…。


思い知ってまた大きな涙が零れて、声を殺すためにタオルケットに顔を押し付けた。


それは月曜日の夜。



火曜日、本当は公休なのに休日出勤をしてくれたまおさんと彼女が笑い合う姿に胸がヒドく痛んで、やっぱりダメだと思った。

なのにその日の夜、まおさんが私を心配してくれたメールに、トゲトゲだらけだった心の傷みはその鋭さを忘れて、ただ、とにかくまおさんに会いたいと思った…。


水曜日。
まおさんに会ってお話しをしながら心も身体も寄り添えば、ちゃんと応えてくれるまおさんに、あんなに苦しかった心が幸せだと満たされて、息をすることも心地良く感じました…。


まおさんの愛に触れて、何度も生き返る私の心。



間違いなくまおさんは私の心で、酸素。

生きていく上で必要な全てです…。


最初に交わした「限界まで、行けるところまで行ってみよう」という約束。

何度か限界を感じながらもまだ一緒に居たいという気持ちで歩いて来たと思ってたけれど、きっと私が最果ての限界を感じる時はまおさんの心が私から離れたと感じた時…。

まおさんの愛情が私に無くなってしまったら、それがきっと、本当の意味での私の限界なのだと思います。


それまでは何度でも何度でも、その腕の中で息を吹き返して歩いて行けると思う私でした。


愛の限界