遠いところで音がしている 何の音だろう 何処から来るのだろう その音は 風の強弱に合わせて 聞こえたり 聞こえなかったり じっと聞いていると 音は 青白い空気を透明色にしているようだった
青白い空間に 無色の帯がずうっと向こうから続いている その帯が風に ゆらゆら 気持ち良さそうにたゆたっている
僕は 知らず知らずの内に 足を 前に後ろに動かして 音のする方向に向かって歩き始めていた
透明色(そんな色があるんだろうか)の帯を追いかけて 僕の足は 気がつくと 地べたを必死に蹴り飛ばしていた 必死になればなるほど もどかしくなって来る もどかしさが 僕に両手を広げさせ 透明色(というより だんだんシベリアンハスキーの瞳の色に似てきた)の帯につかまりさらに音のする方向へと急がせた
青白い空気はもう何処にもなく 透明に見えた音の空間も すっかり シベリアンハスキーの目の色に変わってしまった その音だって 近づいてみたら そんなに素敵な音じゃない 僕はちょっと失望して 足を止めた このまま先に行って音の源を確かめるべきなのかどうか 判らなくなってしまった
得体の知れない焦燥感と嫌悪が僕を取り囲む じっとしていちゃいけない 足を止めてはいけない行くにしろ 戻るにしろ

足を止めてはいけない その気持ちに押しやられて 僕はつい 踵を返してしまった

理由なんて解からないけれど この先に行ってはいけない気がした そして 重い足を引きずるように今来たところを戻りはじめた
半分くらい戻って来ると 音はやっぱり透明色で 周りは青白かった そして僕は もう 足を動かす事が出来なかった
元にいた所にも 音のしてきた方向にも 体を運ぶ元気がなかった
青白い空間と 透明色の帯が 微妙なコントラストを奏でながら 僕をせせら笑っている


                    ″ま いいや ″

                         何故か僕も笑ってる

                                           1992 Apr 13




話題:散文