真新しい制服に袖を通す。
真っ白の騎士服。
肩口や胸の留め具は、新人であることを示す黒色だ。
布の匂い。
それを嗅ぎながら留め具を留めた紫髪の少年は、ふっと一つ息を吐き出した。
空は、快晴。
入団式には最高の空模様だ。
からりと晴れた空を風が吹き抜け、桜の花を散らしていく。
「……よし、そろそろいくか」
やや緊張気味にそう呟いた彼は、部屋を出る。
この部屋を一人で使うのも、あと数日だ。
何日かしたら、部屋割りが決められるらしい。
今年は新入団員が多かったとかで、二人部屋になる騎士も多いだろう、とのことだった。
どちらかといえば一人でいるのは苦手な方だし、早く二人部屋になる方が良いな。
そんなことを考えながら彼……シスト・エリシアは歩みを進めていった。
既に中庭には新入団員達、上官たちが整列していた。
すこし遅れてしまった。
そう思いながらシストは慌てて列に加わる。
新品の白い騎士服が降り注ぐ陽射しを反射して、煌めいているように見えた。
そんな様子を見ていると、何だか心が躍る。
新しく騎士になった、仲間たち。
彼らと今日からは一緒に訓練をしていくのだ。
そう思うと、緊張するのと同時にとても楽しみでもあった。
孤児院出身である、シスト。
エリシア家に引き取られ、育てられていたが……自ら志願して、こうして騎士団に入団するための試験を受けた。
それは、大切な人を守るため。
自分の傍にいるためにと、両親に追いすがることもなく孤児院に残ってくれた、姉のために強くなりたいと、シストはそう願ったのだ。
勿論、反対はされた。
彼はまだ、幼い。
しかしこの国の騎士団は幼くとも実力さえあれば入団が可能で、教育制度も整っている。
それを考えるとすぐにこうして騎士団に入ることが、自分にとって一番な気がして、姉と両親を説得して、こうして入団するに至ったのである。
勿論、試験は簡単なものではなかった。
基本的なマナーや作法に関する筆記試験。
剣術や体術の能力を測るための実技試験。
魔術などの特技を見せる試験……
それらを全てクリアしたのが、今此処に集まっている、新人騎士たち。
年齢はもちろんまばらで、シストほど幼い者は正直多くない。
大体が、8歳から10歳、といったところのようだ。
やはり、自分ほど幼い騎士はあまりいないだろうか。
そう思いながら少し、不安になる。
ぐるり、と視線を巡らせた、その時。
不意にぽんっと、背中を叩かれた。
「よぉ!」
そんな声が聞こえた。
声の方を見れば、鮮やかな赤色の髪の少年と、黒髪の少年の姿。
自分と似たり寄ったりの年齢に見える赤髪の彼は、人懐っこく笑っていた。
「お前も新入団員だろ?
俺、アネット、アネット・ホークルス!
よろしくなー!此奴はルカっていうんだって」
さっき仲良くなった!
そういいながら、アネットと名乗った赤髪の少年は、隣にいる黒髪の彼……ルカの背中をばんばんと叩く。
割と強いその力に顔を盛大に顰めながら、ルカは溜息を一つ。
「勝手に人のこと紹介すんなよなぁ」
そういいながら苦笑する彼。
しかし別に彼の行動を不快に思っている訳ではないようで、彼は笑みを浮かべてシストに向かって手を差し出した。
「ルカだ。宜しくな……年近いように見えたから、ってアネットが突撃しに行ってさぁ」
俺たちは同い年だってわかって意気投合したんだ。
ルカはそういいながら、ルビーレッドの瞳を細める。
シストはそんな彼の言葉に、少しどぎまぎしつつ手を出して、いった。
「そう、なんだ……お、俺は、シスト……宜しく」
そういって、シストはルカの手を握る。
肉刺のある少し硬い手。
それに驚けば、ルカがくすりと笑って、いった。
「俺の父さん、騎士なんだよ」
そういいながら、ルカは笑顔である方向を指さす。
それは、騎士団の各部隊長が集まっている場所。
「あ、あの人か……」
見れば、すぐにわかった。
ルカにそっくりの、黒髪に赤い瞳の男性は堂々と、そこに立っていた。
「俺も、父さんみたいに強くなりたくてさ!」
強くなって、大事な人を守りたい。
黒髪の少年は嬉しそうに、照れくさそうに、そう語った。
「そうなんだ……俺も、だよ」
シストはそういって、はにかむように笑う。
アネットもそれを聞いて、表情を輝かせた。
「そうなんだ!俺たちにてるな!」
人懐っこくそういって、彼はルカとシストの背中をバンバン叩く。
少し痛い位の力で叩きながら笑う、無邪気な少年。
―― どうやら、友人が出来たみたいだ。
そう思って、ほっとしながら、シストはアメジスト色の瞳を細めたのだった。
***
そんな、数日後。
無事に叙任式も済ませ、今日から本格的な実戦訓練が始まる。
いよいよ騎士になった、という感じがしてシストは浮足立っていた。
「訓練、かぁ……」
どういうことをするんだろう。
そう思いながら彼は集合場所である訓練場に向かう。
既にまばらに新人騎士たちは集まってきていた。
親しくなった者と会話をしている幼い騎士たち。
そんな人の波の中をぐるり、と見渡して……シストはよく見知った赤髪の少年の姿を見つけた。
向こうも、シストが来たことに気がついたらしい。
ぱっと表情を明るくすると、ぶんぶんと手を振った。
そちらへ向かうと、彼……アネットはくぁっと一つ大きな欠伸をしてから、笑って、いった。
「おう、おはよう、シスト」
「おはよう、アネット……早いな」
彼は早起きが苦手だと思っていた。
だからこんなに早くに集合場所に来ていることに、シストは驚いていた。
彼の言葉に、アネットはガーネットの瞳を瞬かせた。
それから、笑みを浮かべる。
彼の日焼けした頬は興奮で紅潮していた。
「剣術訓練が楽しみでさ!」
張り切ってきちゃった!
笑顔でそういう彼。
なるほどな、というようにシストが頷くと同時、そんなアネットの頭を誰かが軽く叩いた。
「この前のマナーの座学の時は遅刻してきた挙句に爆睡してたのに」
そういって笑うのは、黒髪の彼……ルカ。
最近はもっぱら、この三人で過ごしていた。
少し遅れてきた彼は、アネットをからかうように声をかける。
彼の言葉にアネットは気まり悪そうに眉を寄せ、頬を引っ掻いた。
「う……座学は苦手なんだよ、俺試験も筆記はぎりぎりだったし」
ぼそぼそと言い訳をする彼。
頬が赤いのは、先程とは少し違った理由だろう。
そう思いながらシストはくすり、と笑った。
「アネットらしいよ」
まだ出会って数日だが、アネットとルカ、二人の性格は大分わかってきた。
二人が実は自分より一つ年上だということも。
アネットはとかく明るく、無邪気な性格だ。
年上だろうと年下だろうと構わず笑顔で声をかけに行く。
礼儀作法のなっていない子供ではあるがそれが憎めない、とにかく可愛らしい性格の少年だ。
一方のルカはアネットよりは幾分落ち着いていて、面倒見の良い性格の少年だ。
話に聞くに、故郷に二つ年下の親戚がいるとかで、その子の面倒を見ているものだから、そういう性分なのだろう、と笑っていた。
父親も騎士だということもあって、騎士への憧れも人一倍強いようだった。
そんな二人と一緒に過ごすのは楽しい。
良い友人に出会えてよかった、とシストは思っていた。
と、その時。
「ところで、なんだけど……シスト、剣は?」
アネットがきょとんとした表情で首を傾げる。
シストはそれを聞いてぱち、と瞬きをした。
それからばっと、自分の腰に視線を向ける。
「えっ、あ……!」
さっと、シストは青ざめる。
どうした?と言いたげに首を傾げるアネットとルカを見て、シストはいった。
「わ、忘れた!と、と、取ってくる!!」
そういって、シストは慌てて訓練場を飛び出した。
そんな彼の後ろ姿を見て、アネットはからからと笑い声をあげた。
「あはははっ馬鹿だなぁ」
剣術の訓練で剣忘れるなんて。
そう声を上げる彼を見て、ルカは小さく息を吐き出した。
小さく肩を竦めて、言う。
「お前に馬鹿って言われたら彼奴もう立ち直れないぞ」
シストの方がずっと頭良いからな。
ルカがそういうと、一瞬目を丸くしたアネットはぶうっと頬を膨らませた。
「失礼だなー!」
俺だってちゃんとする時はするからな!!
そういって唇を尖らせる彼を見て、ルカはおかしそうに笑いながら、"そりゃあいつになるんだか"といって肩を竦めたのだった。
***
シストは慌てて戻ってきていた。
まだ訓練までは少し、時間がある。
初日から遅刻なんて笑えない、と彼は必死で、剣がしまってある倉庫に飛び込んだ。
と、その時。
「うぉっ?!」
どんっと、誰かにぶつかった。
それなりの勢いでぶつかったために、相手もシストも尻餅をつく。
いてて、と小さく声を上げる相手を見てシストは慌てて立ち上がり、手を差し伸べた。
「うわっ、ごめん」
大丈夫か?
そう声をかける。
尻餅をついて顔を顰めているのは、黄緑の髪の少年だった。
彼は顔を上げて、シストを見る。
そしてエメラルド色の瞳を大きく見開いて、声を上げた。
「あ、お前!」
そう大きな声を上げられて、シストは驚き、瞬きを繰り返す。
ちょうど良かった、といって笑った彼は手にしていたものをシストに差し出した。
「剣、忘れてっただろ」
差し出されているのは、見習い(ノト)の騎士用の、剣。
シストの名前が書いてある。
「あ……持ってきてくれたのか」
「あぁ。置きっぱなしになってるからさ」
お前のだろ?
そういって、少年は人懐っこく笑う。
アネットほど豪快な笑みではないけれど、春の陽だまりのような、柔らかい笑みを浮かべる少年だった。
そんな彼の手から剣を受け取る。
そして、シストも笑みをうかべて、いった。
「ありがと……えっと、俺、シスト、シスト・エリシア」
相手は自分の名前を知っているようだけれど、相手の名前がわからない。
そう思ってシストが名乗れば、黄緑の髪の少年は、苦笑を漏らして、いった。
「あ、名前いってなかったっけ。俺エルド。エルド・ウェイリス!」
お前の事は知ってて、声かけようと思ってたんだけど、と苦笑まじりに彼はいう。
それを聞いて、シストはそっか、と言った。
自分はずっとルカやアネットと話していたものだから、きっと声をかけにくかったのだろう。
心細かっただろうに。
そう思いながら、シストはすまなそうに笑った。
そっと手を差し出して、いう。
「宜しく」
「よろしくな」
笑みを返し、少年……エルドはシストの手を握り返す。
そして少し驚いたような表情を浮かべて……笑った。
「お前、手綺麗だな」
真っ白い、綺麗な手。
そういいながらエルドはぎゅっとシストの手を握る。
「……あ、ありがとう?」
少し、照れる。
そう思いながら視線を揺らしていれば、エルドはくすくすと小さく笑った。
「照れてる」
「う、煩い……っていうか、急がないと!」
遅刻しちゃうよ!
そういって、シストは慌てて剣を腰のベルトに通した。
エルドに促して、手を差し出す。
「え」
「早く、一緒にいこう!」
そういうと同時に、シストはぎゅっとエルドの手を取って、走りだした。
いつも、自分が姉にされていたように。
エルドはそんな彼に手を引かれながら、少し驚いたような顔をする。
しかし自分の手を引いてくれる仲間……友人の方を見て、嬉しそうな微笑みを浮かべていたのだった。
―― はじまりのひ ――
(新しい制服、新しい居場所。
新しい仲間、新しい友人…)
(楽しみで、怖くて、それでも確かにわくわくする…
此処で始まる生活に、確かな期待を抱いて…)