夜遅く、降り注ぐ雨の音に目を覚ました。
ゆっくりと目を開けて時計に視線を向ければ、まだ夜も深い頃だと悟る。
小さく息を漏らして長い淡水色の髪の青年はゆっくりとベッドから起き上がる。
そして窓辺に立ち、カーテンを開けた。
降り注ぐ雨が窓ガラスを打ち付けている。
その様子を見つめた彼……カルセはゆっくりと息を吐き出して、部屋を出た。
深夜の城は暗く、ぽつりぽつりと灯る明かりも頼りない。
そんな廊下を抜けて、カルセは城の中庭に出てきた。
夏の草の緑色。
それが雨に濡れて、微かな城の明かりに煌めいている。
カルセはそれを見つめ、深い藍色の瞳を細めた。
この緑色は、よく知った色に似ている。
ずっと自分の隣にいた、愛しい少年の色と同じ。
そう思いながらカルセはそっと目を閉じる。
―― ねぇ、カル、どうしたの?
すぐ近くで声が聞こえた気がした。
ゆっくりと目を開けて、そちらへ視線を向ける。
そこに彼が居はしないか、と。
そして、彼は驚いたような顔をして大きく目を見開いた。
ぽかん、と馬鹿になったように口を開ける。
ほんのりと光る、影。
それがカルセのすぐ傍に立っていた。
柔らかな光に包まれたその影は、ふわり、穏やかに微笑んだ。
「ふふふ、カル、変な顔」
そう言いながら、彼はくすくすと笑う。
カルセは藍色の瞳をゆっくりと瞬きをしつつ、掠れた声を上げた。
「嘘、でしょう……クレース?」
思わず、その名を紡ぐ。
遠い昔に失った、かけがえのない友人、大切な恋人……クレース……――
カルセが名を紡ぐと、彼の眼前に立っていた少年はにこり、と笑った。
あの時と何ら変わらない、可愛らしい少年のままで……
「あぁ、クレース、クレース……本当に、貴方なのですか」
カルセはそう声をあげながら、彼に駆け寄る。
そして優しく彼の頬を撫でた。
触れたその頬は冷たく、けれども確かに現実味を持っていた。
確かに、触れた、とそう感じた。
「ふふ、僕だよ、カル……会いたかった」
そう言いながら、長い緑髪の少年……クレースはぎゅっと、カルセの背に腕を回した。
カルセは少し躊躇いつつ、愛しい人だった少年を優しく抱きしめる。
ふわっと、香りが漂う。
それは昔から知っている彼の香り。
爽やかな、柑橘とミントの香りだった。
「……随分と、久しぶりですね」
「うん……でも、時間がないんだ、カル。
これは現実だけれど、夢だからさ」
クレースはそう、寂し気に言う。
カルセはそれを聞いて、藍色の瞳を細めながら、"わかっていますよ"と静かな声で言った。
「わかっています……貴方は、もういない」
「うん……ごめんね、カルに辛い思いをさせるのは、わかっていたんだけれど……」
クレースはそういいながら眉をさげる。
そんな彼の手は、幾度も幾度もカルセの頬を撫でていた。
カルセはそんな彼を見て、目を細めながら首を傾げ、問いかける。
「あいたかった?」
「うん、とても……とても、会いたかったんだ」
そう言いながら、クレースは微笑む。
彼の頬につぅ、と涙が伝って落ちていった。
「カルが、元気で良かった。
僕、ずっと心配していたんだよ?
カルは、ずっとずっと、悲しんでいたから……」
最近、漸くちゃんと笑ってくれるようになったね。
クレースはそういいながら、穏やかな笑みを浮かべる。
聖母のような、優しく暖かい笑みだ。
そう思いながらカルセはゆっくりと頷き、彼の目の端に浮かんだ涙を長い指でそっと、ぬぐい取ってやる。
「当然でしょう?
約束も果たせず、愛しい貴方と離別した……
僕はそれこそ、あのまま命を絶とうかとさえ、思いましたからね」
カルセがそういうと、クレースは深い緑の瞳を大きく見開いた。
そんなと掠れた声を漏らす彼を見て、カルセはくすりと笑う。
そして優しく彼の頭をなでながら、いう。
「冗談……では、ありませんけれど……今はもう、大丈夫ですよ。
私は死んではいられない、申し訳ないですがクレース、私は当分貴方の傍に行くことは出来ません」
ごめんなさいね、とカルセは言う。
クレースは彼の言葉に少し寂し気に、けれども確かに嬉しそうに笑って、いった。
「うん、わかってるよ……僕は、大丈夫。
少し寂しいけれど、カルが彼と楽しそうにしているのを見ているのは、楽しいんだ」
僕も、幸せだよ。
今、こうして君の姿を見られて。
そう言いながらクレースは穏やかに微笑んだ。
カルセは相変わらずの、優しい彼を見つめ、微笑む。
そして愛しそうに彼を抱きしめて、いった。
「ありがとうございます、クレース……私を見守っていて、下さいね」
私は、もう少し頑張りますから。
カルセはそういう。
そんな彼を見つめ、クレースはまた、穏やかに微笑む。
「大好きだよ、カル……ずっと、君を見守っているからね」
クレースはそういって、ぎゅっとカルセに抱き付く。
爽やかな、彼の香りが漂ってくる気がした。
―― 雨の中の…… ――
(降り注ぐ雨の中。
大切だった彼の姿が、浮かび上がる)
(貴方と一緒にはいけません。
けれど僕は確かに、君のことを大切に思っているからね?)