神域第三大戦 カオス・ジェネシス125

「………ちぃ、ちょこまかと。じゃれられるのは好きではないんだがなぁ」
―サーヴァントとルーによる妨害を受け続けたバロールは、ぽつり、そう呟いた。その巨体を機敏に動かし、仕切り直しと言わんばかりに後方へと跳躍し、距離を開ける。
「……っ、はぁ、はぁっ…はっ………」
そのバロールの行動によってようやく息つく余裕が出来たクー・フーリンは、ぐらり、と揺れた上体を杖で支えながら胸にたまった息を大きく吐き出した。

タラニスの妨害工作から、早くも一時間は経過しただろうか。ロマニから藤丸とマシュ、ヘクトールが無事本拠地に帰りついたことは連絡が入り、後顧の憂いはなくなってはいた。とはいえ、状勢は魔眼開放前とそう大きくは変わっておらず、じりじりとした耐久戦が続いていた。
「………っ、は………はっ……………」
「ハァー………っ、やれやれ…。お前との決着が長引くことは楽しいことだ、が…」
ルーとバロールも、ここまでの耐久戦はお互い初めてなのだろう。どちらにも疲弊の色が見え始めている。ルーは汗で額に張りついた髪を払い、静かに槍を構え直した。
「…タラニス、貴様まだ持つか」
「どうにか。といっても、先にドルイドの魔力が尽きそうですけどね」
「うーん…まぁ、否定はしない。とはいえども、弱体解除だけに専念していれば、あと一日くらいは持つとも」
「十分だ」
タラニスは恐らく面々のなかでは一番戦闘の負担は軽微であろうが、バロールはしっかりとタラニスを魔眼で見つめ続けている。故に、死にはせずとも、魔眼による様々な弱体化の魔術は発動している状態になる。直視を受け入れている分、その負担は他の面々よりも遥かに大きいはずだが、その事について弱音を漏らすことはなかった。
「ここまでじり貧となるとはなぁ、ルーよ。これだけ魔眼を開いているのも初めてだ」
「…………その割には負荷はなさそうだな」
不意に、バロールが多節鞭を肩に担ぎ、ぐるぐると首を回しながら語りかけてきた。休息の時間稼ぎだろうか。ルーとて余裕があるわけではないことは同様であるからか、少しの沈黙の後、言葉を返す。
バロールは、にっ、と小さく笑った。
「幼き頃から共にある。そして上塗りされたとはいえここは俺の神域だ、早々負荷になってたまるかよ」
「そうか」
「乗ってきたくせにつれねぇな。それより、あの粥野郎はどこへ行ったんだ?随分と余裕があるじゃあないか」
「さぁな。私の預かり知るところではない」
「………少し前からあいつがいなくなったからな。あれの邪魔をしてくれてるってんなら、感謝しねぇとな?」
「………あれ、というのは、貴様を甦らせたものか。手をとったにしては随分な嫌いようだな?」
お互いの呼吸が平素のものにまで落ち着いていく。衝突は間もなく再開されるはずだ、そう考えたクー・フーリンは、子ギルとマーリンに目配せし、二人は疲れを見せながらも小さく頷いた。
バロールはルーの問いかけに、ちらり、と、唯一無事に立ち続けている白い木を見上げた。
「嫌っている訳じゃあねぇさ。ただそうさな……どうしようもなくガキなのさ。それも可愛いげのねぇ、度しがたい程愚かな、 な」
「悪党はそういう悪ガキほど好むものだと思っていたが」
「ははぁ、ちがいない。利用するのにこれほど使いやすいものはないからな。それでも俺様にも好みってぇもんはある」
「そうか、どうでもいいな」
「まったく、お前も可愛いげがねぇ、なっ!!」
ずばりと言い捨てたルーに対し、バロールは笑いながらそう言い、不意に多節鞭を振り下ろした。その攻撃を予測していたのだろう、ルーも同時に動き、降ってきた鞭を振り払って勢いよく地面を蹴った。
「天の鎖ーー…!」
「やかましい!」
ルーが前に出たのと同時に、子ギルがバロールの後方に射出項を開く。だがバロールは一声そう怒鳴ると、自分めがけて飛んできた鎖を空中で掴み取り、ルーめがけて勢いよく投げつけた。
鎖の切っ先はルーの顔を掠め、地面へと深々と突き刺さった。
「ちっ……!」
「無理すんな、お前は先に魔力回復してろ!」
「キャスター、くるぞ!」
「!!」
ギラリ、バロールの魔眼が青く光る。直後、どこぞの施しの英雄のように、バロールの魔眼から一筋に絞られた魔力が放出された。
「おわっ!?」
どうやらバロールは魔眼を返し、物理的な魔力攻撃を行ってきたらしい。それは真っ直ぐにタラニスを狙っており、つまりはその前に立ち塞がる3人のサーヴァントを狙っていた。
「サン・クロス!」
咄嗟にタラニスが呼び出した車輪に攻撃は直撃し、四方へと拡散して大地を焼いた。強い魔力に焦がされた大地は、それだけで毒性の高い土壌へと変わる。
「おいおいしっかりしてくれよ、お前ら俺の盾だろ」
「いけしゃあしゃあと言ってんじゃねぇ!」
「ですが、本当にこれはもう消耗戦ですよ…!何か手を考えないと、」


「そう心配せずとも、お前たちはもう終わるよ」


子ギルが、打開策を考えるべきだと述べたとき。不意に、聞きなれない声がその場に響き渡った。