神域第三大戦 カオス・ジェネシス123

ゴロゴロ、と、いつの間にかに垂れ籠めていた暗雲から低い音が響き始めた。紫色に濁るそれは、高濃度の魔力が籠められていることを簡単に察せさせた。
「――天上に轟然たる雷鳴響き航り、万物の盤表たる大地には戦禍が相乱れる。太陽を司りし我が同胞、その御名において、3つの車輪がここに噛み合う」
「タラニス、何を―!?」
どこからか朗々と響き渡るタラニスの詠唱と共に、バロールの神域を覆う程の大きさで紋様が地面を走った。歯車とトリケトルの模様をモチーフとしているのだろうか、複雑な魔法陣のようなそれは止める間もなく展開し、淡い紫色の光を放ち始めた。
「………………これは、」
僅かな動揺を見せたルーに対し、バロールは何か思い当たることがあったのか、驚いたように素の目の方を見開き、タラニスの姿を探し始めた。だがタラニスは早い段階で隠れてしまっている、そう易々とは見つけられまい。
そうしている内にバロールの索敵に気が付いたルーは、消えぬ動揺を顔に滲ませながらもその妨害に動き出した。素早く突き出された槍に、バロールは忌々しげに舌を打つ。
「意外だな、これだけの術式、ただ事でないことが分からないほど愚かではあるまい?」
「……………これでタラニスが死せるとしても…その死を背負う用意など貴様の前に立たせる前に済ませているわ」
「…!はっ――そいつは大層なご覚悟なこって…!」
二柱の攻防の合間にタラニスの魔法陣は展開しきり、円柱状に立ち上った光の先、上空に重なりあって回転する三つの車輪が見えた。タラニスの象徴である、サンクロスだ。
その車輪は鈍い音をたてて回転したのちに瓦解して、立ち上がったウィッカーマンを取り囲むように降りそそぐ。
「ここに贄は捧げられた。其が信仰を認めよう。其が祈りを受け入れよう。―汝を我が信者と認めよう」
そのまま車輪はぐるぐるとウィッカーマンの回りを回転し、ぼぅ、と炎を纏う。
ルーの妨害にもはや止めるのは間に合わないと判断したのか、あるいはこれはこれで面白いと思ったのか。バロールは攻撃の合間にタラニスを探すのをやめ、ルーとの剣劇をかわしながら楽しそうにその様子を見上げた。
ゆらり、と。ウィッカーマンの頭上に、曖昧な人影が浮かび上がる。

「ここに約定は果たされる。領域固定、信仰判定通過、対象確定。――我が掌上にこの場の死を。雷神の名を返上奉り、死を司りし権能を此処に示す。異邦招来、“互換・絶対壊滅車輪(タラニス・サン・クロス・メタモルフォーゼ)”!」

ー詠唱の終わりと共に、炎をまとったウィッカーマンが雄叫びをあげる。何もなかったはずの檻の中に人の影が苦悶に捩れ狂う様子が浮かびあがる。
そして、ごうごうと燃え盛る炎の上に、身体に赤い刺青を走らせたタラニスが姿を現した。
「…へぇ、面白いじゃねぇか。そこまでは予想していなかったぜ」
サーヴァントの面々が何事だと炎上するウィッカーマンを見上げ、ルーが厄介なことをしてくれたとでも言わんばかりにタラニスを見、顔をしかめている中、バロールは真ん丸と目を見開いてウィッカーマンを見上げ、次いで、にぃ、と口角をつり上げて歪んだ笑みを浮かべた。
魔眼を制御している眼帯がギチギチと鈍い悲鳴をあげ、ぞわり、その下に隠された青と赤と緑に淀んだ瞳が姿を見せる。

「なら比べ合いと行こうか―――魔眼開放、“悪シキ眼ノバロール(バロール・ドーハスーラ)”!!」

「…!」
ギィィン、と、金属を無理に擦らせたような不協和音が神域に響き渡る。タラニスが展開した紋章が、拒絶するようにバチバチとはぜた。
――いよいよ、バロールの魔眼が開放されたのだ。
はっ、と思わずバロールを見たクー・フーリンは、バチリとその魔眼と目をあわせてしまった。
「…っ?即死の効果がでない?」
しまった、と思う余裕も許されずに氷の刃で全身を刺し貫かれたような寒気と、内蔵がすべてひっくり返ったのではないかと錯覚する吐き気、思考を無理矢理に弄くり回されているような強烈な違和感に襲われる。だが、彼はそんな症状に崩れかけた身体を杖で咄嗟に支えながら、真っ先にその疑問を口にした。
バロールの魔眼は無差別的な即死の魔眼。成る程一挙にわいた負の作用は直視した影響なのだろうが、即死はしなかった。つまり、本来の魔眼の効果は発動されていないということになる。
視線をそらし、距離を取りながらも混乱するサーヴァント陣に答えを示すかのように、頭上からタラニスの高らかな笑い声が響き渡った。
「ハ!やればできるじゃねぇか、セタ坊!!テメェの信仰は確かにここに形に成った!」
「タラニス、テメェ何をしたんだ!?」
「なんだ、倅の方は分かってねぇのか?半分人間じゃその程度が限界か」
「あ!?」
どこか得意気な、というよりかはどこか高揚しているような様子すら見せるタラニスと、タラニスの行いが指す意味を察せていないことに呆れたような声をあげたバロールに、クー・フーリンは苛立ちを向ければいいのか怒りを向ければいいのか、困惑しながらもバロールの方に僅かに意識を向けた。
バロールはそんな周囲の状況を一切気にも止めずに戦闘を再開したルーと鍔迫り合いながら、ちらり、と魔眼でタラニスを見上げた。直視しているが、やはりタラニスにも効果はない。
「成る程、確かに貴様にも死を司る側面があったことを忘れていたぜタラニスよ。そしてそれが俺様の魔眼と拮抗するなんざ、考えもしなかった!“この領域の死を支配下に置くことで魔眼による死を無効化する”なんざ、よく思い付いたもんだな!」
「!」
クー・フーリンはルーと拮抗しながらそう吐き捨てたバロールの言葉に、ようやく事の次第を理解して再びタラニスを見上げた。