ソルジャー・ザックスは意気揚々と廊下を駆けていた。
ある少年とぶつかるまでは。
「うわっ…と!」
どすん、と重みのあるものが倒れる音がフロアに響いた。
「やっちまった……ごめん!」
焦ったザックスは一言つぶやき、自分の下で目を丸くさせている少年に手を合わせて謝罪する。
「え、えと…」
衝突されて床に倒された少年は未だに状況が掴めずにいるようだった。
「大丈夫か!喋れるか!?」
ザックスが手を左右に振って言うが、そういう本人もだいぶ動揺しているようだ。
「あ…俺っ…すみません!」
ザックスが肩を揺さぶったところで少年はやっと我に返った。
「良かった!…痛い所はあるか?」
「えっと、俺なら大丈…」
問われた少年は尻餅をついたものの、どこにも以上が無いことを伝えようとしたが、言いかけて途切れてしまった。
なぜなら、このとき少年がザックスを見上げる形で初めて2人の視線が交わったからである。
「どうした?やっぱり怪我があるのか」
ザックスの表情が曇り、青い瞳が悲しそうに伏せられた。
「俺なら、平気です!」
咄嗟に出た言葉だった。
「本当に平気か?」
「はい!」
「そっか」
即座に敬礼をされザックスは苦笑すると、ふわふわした金髪に手を伸ばした。
「あ、あの…わっ!」
「急いでたんだ。ごめんな」
ザックスは少年の髪に触れ、敬礼していない左手を引いて立たせた。
「じゃあ…怪我がなくて良かった。ホントにごめんな!」
「い、いえ…」
少年はろくに返事も出来ず、走り去って行く後ろ姿を見送った。惜しくも人込みに紛れて見えなくなってしまったが。
入社してまもない少年がソルジャーと対面して会話をするのは初めての事だった。
「あれが…ソルジャー…」
あまりにも突然で一瞬の事であったが、少年にはとても衝撃的で、忘れられそうになかった。
そっと瞼をとじれば、ソルジャーの青い瞳を鮮明に思い出すのだ。
「また、会えるかな。」
重要な呼び出しに遅れて来てしまった自分をクラウドは恨めしく思っていた。
(でも、あのソルジャーとぶつからなければ…)
そこまで考えてはっとする。頭を振って邪心を振り払った。あのソルジャーだって悪気があった訳ではないのだ。
(それに…あの人はとても親切だった)
息切れをしながらもそっと扉を押すと、それはギイと迷惑な音を立てて揺らめいた。泣きそうになりながらも、今度は強く押す。すると扉は派手な音を立てて完全に開いた。
叱咤されるのを覚悟の上でクラウドは一歩踏み出す。
「あ、やっと来た! …って、あれ?」
想像していたのとは違った陽気な声に、クラウドは顔をおそるおそる上げる。
「遅刻だぞー!」
「こら!ザックス!」
クラウドは、自分に注がれる数人の視線――その大半は自分の遅刻に対する厳しいものだったが、その中でも一際目立つ…楽しそうな表情。その顔には覚えがあった。
「あ…っ?さっきの…!」
驚きを隠せず目を丸くさせるクラウドにザックスはにっこり笑いかけ、依然としてしかめっつらの上司達に向き直ると、
「彼が遅刻した責任は自分にあります。」
と、先程の経緯を説明した。すると、ザックスの直属の上司も彼をかばい、
「今回は2人を見逃してやってくれないか」
と申し出た事で、遅刻に関するお咎めは一切ナシとなった。
しかし、当の本人であるクラウドは我慢出来ずに深々と頭を下げる。それを今度は愉快そうな声が差し止めた。
「まぁ、そう思いつめる事もない。本題に入ろうか」
ソルジャー統括は神経質そうに眼鏡をかけ直すと、クラウドとザックスに視線を寄越したまま続けた。
「クラウド・ストライフにはソルジャーザックスの従卒として任務に同行してもらいたい。引き受けてくれるね?」
クラウドはうろたえて黙っている。すると、
「頼む。俺の従卒になってくれ!」
と、ザックスがクラウドに懇願して頼む。それに続いて彼の上司も、
「頼まれてくれないか」
と、頭を下げた。
拒否権など無いに等しく、もっとも強制はしていないようだが…引き受ける事を余儀なくされ、クラウドが2つ返事をする事でその場は落ち着いた。
決まってしまえば書類などの形式的な手続きを済ませるのはあっという間で、いくらもかからないうちにクラウドは、この空間から開放された。
「夢…じゃない…よね」
部屋の外で先程の扉を見つめて言えば、なんだか実感が湧いて来たような気がする。
「俺は…従卒に任命されたんだ」
よく考えてみれば、クラウドにとって昇進する事ほど嬉しいものはないのだ。
驚嘆に浸っていると、ギイイと鈍い音が聞こえた。
「?」
それは目の前の扉がたった今開かれた音だった。
「さっきのコ、もう帰っちまったかな〜っ!」
声とともにすばやく飛び出してきた人影にクラウドは突き飛ばされてしまった。
「うおっ、やべ…」
背中から受け身もとれずに倒れたクラウドを見て冷や汗をかいたのはザックスだ。
「う……」
デジャヴだ、と既視感のある光景にクラウドは思った。
「お、おい…大丈夫か!?」
「俺、なら…へ…き…」
クラウドは頭を打ったらしい。ザックスが呼びかける声には答えたが、まもなく気を失った。
次に目を覚ます時に彼はザックスの部屋に移動しているだろう。
「しっかりしろって!」
「ザックス。これはどういう事だ」
「げっ…アンジール…」
「廊下は走るなとあれほど……!」
「ち、違うんだよ!これには訳があって…!そう、まだ自己紹介が…」
「お前はそうやって言い訳するんじゃない!」
アンジールの長い説教が始まり、クラウドをすぐに介抱出来ない事を思うと、ザックスは唇を噛んだ。
それもこれも自分のせいだと分かったので、今回ばかりは深く反省しようと思った。
(クラウドを突き飛ばすのは2回目で本当に申し訳ないと思っているようだった)
end