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無題、


針が指の先に刺さった。
小さな玉のような赤い血が溢れた。
私は表情を変えずに指先で起きた惨事を眺める。
心の動揺を悟られないように。
「花音ちゃん。どうしたら良いのかな。どっちが正しいのかな・・・」
友人は俯いてぴったりくっつけた自分の両足のつま先を見つめているようだった。
その横顔を見て私は素直に綺麗だと思った。長い睫も形の良い鼻もピンク色の口紅も透き通る白い肌も全てがアイドルとして完璧だ。
昔は彼女と幼馴染であることが自慢だった。まるで可愛いお人形を持っているようだった。
仕切りたがり屋の私は大人しくていつも誰かの助けを待っているような雪見に対し姉のように振る舞っていた。
15歳になった今でもその関係には変わりはない。
ただし可愛がって髪の毛を結わってあげたり、内緒で化粧をしてあげることはしなくなった。
大人になるにつれ私たちはお互いのもとを離れようとしている。分かり合えないことに気が付いてしまったから。
「どっちが正しいっていうか雪見がどうしたいかでしょ?」
思っていたより冷たい声が出た。
雪見は顔をあげこちらを見た。
「周りの意見を一回遮断して、一人になって考えてみなさいよ」
そこまで言って私は視線を手元に戻した。指先の血を拭いたかったけれどハンカチは鞄の中だった。

子どもの頃から親の影響を受けアイドルが大好きだった。
映像を見ながら歌ったり踊ったりする私を見て雪見も自然とアイドル好きになった。
いくらアイドルの真似をしたって私は鑑賞者側だということを幼いながらにわきまえていた。私は雪見のような特別な容姿は持ち合わせていない。
小学校6年生の時、雪見がアイドルになると言い出した。
ずっと危惧していたことが現実になった。
私の可愛いお人形は、もう私の物ではなくなってしまうのだ。
「雪見がアイドルになればさ、私もタダでアイドルのコンサートに行けるし、サインとか貰えるし、すっごいメリットある」
花音ちゃんのために頑張ると嬉しそうに答えた雪見は私の強がりなんて気づいてはいなかった。
雪見はその容姿からとんとん拍子でオーディションに受かりアイドルグループの一員としてデビューした。
雪見は運動が苦手で歌も特別上手いわけではなかったけれど、レッスンを重ねるうちにアイドルらしい歌やダンスのスキルを身に付け、グループにいても目を引く顔立ちだったため今では一番目立つポジションにいる。
そんな人気絶頂のアイドルが好きな人が出来たからやめたいと言い出すなんて。



この友人は私から離れようとしている。もう私の可愛いお人形ではないのだ。
指先の痛みより
悔しさや惨めさ、様々な感情が渦巻いて涙が溢れた。

identity

小学校に入学したての頃、あの子はいつも男の子たちと遊んでいた。
それにはいくつか理由があり、あの子は特別美しくクラスで一番頭が良くて男の子たちの憧れだったこと、あの子が女の子独特の付き合いが嫌いだったこと、また多くの女の子が彼女に憧れると同時にその美しさに強く嫉妬していたことが上げられる。
学年が上がるにつれ彼女は校庭で遊ぶこともなくなり、教室や図書館で独り本を読むことが多くなった。取り巻きの男の子たちも彼女のもとから離れていった。
彼女は同い年の子より大人びていて、教室ではいつも孤立していた。そのことを不安に思っている様子は見られなかった。
私も5年生のクラス替えで友達がうまく作れず孤立してしまったけれど、あの子のように落ち着いてはいられなかった。教室の隅っこで大人しくしていたけれど、独りが心細くて不安でたまらなかった。
きっかけはクラブ活動だった。
5年生から始まるクラブで、私とあの子は同じ美術部だった。
「あなたの絵、とても上手ね」
たまたま私の隣の席になったあの子が声を掛けてくれた。彼女の方が上手だった。人と不必要に話さない彼女が何故わたしの絵を誉めてくれたのか不思議で堪らなかった。
私はどぎまぎしてうまく話せなかったけれど、次のクラブでも話し掛けてくれた。
「一年生の頃から同じクラスだったね」
彼女は言葉のひとつひとつを丁寧に話す。私は彼女の話し方が大好きだと思った。
私たちは教室でも一緒にいることが多くなった。
話すようになるうちに私たちは好きな本、音楽、ファッションの趣味が合うことが分かった。
一年生の頃から憧れていた女の子と分かり合うことが出来た。私とは決して相容れない子だと思っていた女の子と。
月日が流れ私たちは小学校を卒業し、別々の中学校に通うことになった。
中学校に上がると小学生の頃の無邪気さが嘘のように引いていき、自分を取り繕うようになる。
制服を着た自分の中に私はあの子を探していた。
あの子がよくしていた髪型にして家を出る。
あの子のような振る舞いをし、あの子のような話し方で話す。
聡明なあの子に憧れている。

無題.

10代の頃は学力至上主義だった。
小学生のころから塾に通って、私立の中高一貫校に進学した私は偏差値が物差しになっていた。自分自身は偏差値で判断されることが嫌いだったのに。
私は特別頭が良い訳ではなかった。塾でも学校でも真ん中ぐらいの成績。
成績上位者への憧れと、自分より成績が悪い者への偏見が心の中にあった。
世の中も偏差値が人を判断する基準なんだと信じていた。
私自身が偏差値で判断されてきたのだから。

大学に入って、受験から解放されて、遊ぶ時間にも余裕が出来た。
私はバイトやサークル活動を始めたけれど、人付き合いには違和感がある。
私よりも勉強ができない子が元気だけが取り柄のような子が周囲から信頼を集めている。
いつも授業をさぼってばかりいる子が私よりも試験で良い成績をとっている。
性格が明るいから信頼できるの?そんな子は口だけが上手くて調子が悪くなると言い訳してばっくれるでしょ?
馬鹿なら馬鹿らしく成績が悪くていいじゃない。どうして馬鹿のくせに成績にこだわるの?


今まで自分が見下していた子たちが私より先に行っている。


中高生のあいだ偏差値ばかり突きつけられていた子が、いつの間にか偏差値が自分の価値観になってしまったという話。

10代の頃は学力至上主義だったけれど、大学に入り実力至上主義の世の中を知る。
勉強だって実力だけど、学力は暗記力に近い世の中だから、学力と実力は別物のように思えてしまう。
生きる術は個々人の生活の中ではぐくむもので、授業で習うものではない。
見ていた世界が狭いために生まれてしまった価値観なのです。
主人公自身は偏差値で見られることが嫌いだったわけだけれど、偏差値以外の物の見方を見つけることができないでいる。

ring

「大好きなお洋服は大事な日にしか着ません。その日の気分で、とか、誰かに見せびらかしてとか、そんな軽い気持ちで着るのは絶対に嫌なんです。確かに可愛いから、この子たちを毎日身に纏っていられたらどれだけ幸福だろうと考える事もあります。けれど私にはそんな事出来ません。まず、私は学生ですから、学校では制服を着用しなければいけません。何て言うのは極普通の事ですが…。もっと大きな理由は、この子たちを日常生活で着ていたら、このお洋服への愛おしさが薄れてしまうような気がしてしまうんです。普段着として着ていたら、日常の些細な事がこの子に染み付いてこの子を見る度に思い出したりして、それが耐えられないのです。大好きなお洋服は綺麗な思い出だけがあれば良いのです。私のくだらない日常のためにこの子たちを汚したくないのです」
普段は洒落っ気の欠片もない、ただ地味な女の子である彼女。そんなイメージである彼女が、その可愛いだけでを極めた様なお洋服を身に纏っている姿はかなり衝撃がありました。
正直言って、彼女は不細工で、体系も背が小さいせいか余計太く見えるし、彼女が着ている可愛い服にはあまりにも不釣り合いな気もします。
「君が着ていたら、周りの人からは少し好奇な目で見られてしまうかもね」
「そういうことも多々あります。全く知らない人から気持ち悪いとか言われたり…でもそれは平気です。私はこのお洋服に非日常を見ているのだと思います。普段は学校では苛められて、バイト先では店長にこき使われて、美しさとは程遠い日常だけれど、このお洋服を着て過ごす時だけは、私はそんな日常から遠く離れたパラダイスに行ける。このお洋服は私の聖域なのです」
僕は彼女にリングを差し出しました。
「これを君にあげるよ。そのお洋服にも似合うけど、普段学校にいる時やバイトの時にも付けていてよ。嫌がるのは分かるけど、そのリングはきっと君のことを、日常のどんな事からも護ってくれる。その子を見て嫌な出来事を思い出す何てことはありえない。そのリングを見る度、君を強くしてくれる」
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