海に落ちる蝶々の話、知ってる。

そう、小雪が言った。うみにおちるちょうちょ。海を泳ぐでもなく、海を渡るでもない。

知らない。

答えると、小雪は満足そうに鼻を鳴らして「お前はほんと、何も知らねえな。教えてやるよ」と笑った。

わたしは、それでよかった。何も知らないことを幸福だと思った。小雪に、手を取り、足を取って、世界について教えてもらえることが、わたしにとってはこの上ない幸福だった。

潤。

小雪が名前を呼んだ。にやにやとして顔を上げると、小雪はきれいな顔をくしゃっと歪めて、また、ふんと鼻を鳴らした。

溺れたなんて思ってるのは人間だけだぜ。

風がごうっと吹いて小雪の制服のスカートがひらひらと豪快に舞い上がる。

蝶々は自ら海に落っこちるんだ。

そう言った小雪の目はいつものように爛々と輝いていた。

みじかいの