話題:都市伝説を話してみる。



―誰も知らない都市伝説卍ファイル番外編―


「――君たちは真の千葉県を知らないんだ。千葉県の本当の姿と云うのはね……」

少し酔いの回った口調の千葉くんはそう云いかけて慌てて口をつぐんだ。

「いけないいけない、つい口が滑ってしまった。君、今のは聞かなかった事にしてくれ」

房総半島の崖っぷちに立つ隠れ家的居酒屋[イルカに乗った少年]の片隅での一幕。「聞かなかった事にしてくれ」などと云われると却って気になるのが人の性というもの。私は話の続きを聞こうと食い下がった。すると、根負けしたのか、彼は周囲を警戒するように低い声で語り始めた。

「ブウォォン…ブウォォン…」

声が低すぎて全く聞き取れない。頼むからもう少し声の周波数を上げて欲しい。

「すまない。あ…あ…これぐらいで良いかな」

うむ、それで大丈夫だ。さあ、話を続けてくれ。

「分かった。あくまで、ここだけの話にして欲しいのだけど……[千葉は十個集まって初めて万葉集一冊になる]、つまり、千葉県の価値は万葉集の十分の一……千葉県に対する世間一般の認識は概ねこんな感じだと思う」

そんな認識は誰も持っていないと思うぞ。千と万、単なる数字の話ではないか。が、千葉くんはそれには構わず話を続けた。

「だが、そうではない。千葉県というのは実は神の祝福を受けた伝説の楽園なんだ。シャンバラ(シャングリ・ラ)、黄金郷エルドラド、桃源郷、エデンの園……神話とか伝説に登場する楽園はすべて千葉県がそのルーツと考えられている」

こらはまた突拍子もない事を云い出す。確かに千葉県は東京のすぐ隣にある割に民宿がやたら多いなど奇妙な点があるのは間違いない。でも、流石にシャンバラと比べるのは少し話を盛り過ぎではなかろうか。

「まあ、俄には信じられないだろうな」

千葉くんはそう云うと、空いたグラスにジョニーウォーカー(黒)―通称ジョニ黒―をワンフィンガー注いだ。そして、あろう事かそこに卓上に置かれていた醤油を注ぎ込んだのだった。な、何をする![千葉くん御乱心の巻]なのか!?……が、どうやらそうではないらしい。

「驚くのも無理はない。普段、人前では見せないが、千葉人はウィスキーを醤油で割るのがスタンダードなんだ」

千葉くんは極めて美味そうにジョニ黒の醤油割りを飲み干した。千葉県民は陰では皆こんな飲み方をしていると云うのか。

「いや、そうじゃない。千葉県民ではなく千葉人。この二つはちょっと違う。千葉人というのは、僕のように先祖代々千葉県に住み続けている者、及び、マザー牧場を三百回以上訪れている他県からの移住者の事を指す」

いま一つ意味が分からない。が、私の様子など気にも留めずに千葉くんは財布の中から一枚の写真を取り出し私に見せた。そこには、小さな木の樽の中、真っ黒な液体に浸かる赤ん坊が写し出されていた。

「赤ん坊の僕が産湯に浸かっている写真だ」

産湯がどうして真っ黒に?

「だって、醤油だもの。本醸造特選丸大豆醤油な」

なにっ、産湯が醤油だと!?

「千葉では当たり前の話だよ。兎に角、これで僕が生粋の千葉人である事が判って貰えたと思う。そんな僕が云うのだから間違いない。千葉県は伝説の楽園、つまりユートピアなのだ」

いや、ちょっと待って欲しい。千葉県の複雑さ、奥深さは産湯醤油で少し判ったような気がしないでもないが、それがどうして楽園に繋がるのか。千葉県がユートピアである理由とはいったい何なのか?

問い掛けに千葉くんが少し考え込む。

「うーむ、これを云ってしまうと日本の、いや、世界の経済に多大なる影響が……」

いや、大丈夫。私の口はダイヤモンドよりも固い。

「では、くれぐれも他言無用で頼む」

判った。

「実は、千葉県では生活に必要な物ほぼ全て無料で手に入るんだ」

そう云うと千葉くんは左手から腕時計を外してテーブルの上に置いた。ゴールドの輝きが眩しいローレックスだ。

「これも去年タダで手に入れた。勿論、本物だ」

普通に買えば百万を超える品ではないか。それが無料とは、いったい、どういうカラクリなのか?

「いや、カラクリも何もない。潮干狩りで砂浜を掘っていたら出て来たのだ」

潮干狩り?誰かが落としたという事なのか。

「違う違う。落とし物ではなく神から千葉県への贈り物だ。千葉では生活に必要な物は全て潮干狩りで調達出来る仕組みになっている。だから千葉県は楽園、ユートピアなのだ」

生活に必要な物が全て潮干狩りで出てくる?

「そう。千葉人は、家財道具は当然、テレビとかパソコンとかオーディオとかの電化製品も全て潮干狩りでゲットしている。あ、それから車も」

という事は、君のロールスロイス、あれも潮干狩りで砂浜から掘り出した物なのか。確かに、千葉くんにロールスロイスを買う金があるとはとても思えなく、かねてから不思議に感じてはいたが、そういう次第なら納得がゆく。

「うん、ロールスロイスはラッキーだった。滅多に出て来ないからね。サニーとかシビックなんかだと、ちょっと掘ればすぐ出てくるけどね。それと、服も全部潮干狩りで調達するんだけど、趣味が合わない物ばかりに当たったり、なかなか難しいものがある。一昨年なんか、掘れども掘れどもペイズリー柄ばかりで額いペイズリー柄がほんのり浮き上がって来てしまったよ、ふふふ」

千葉くんが苦笑する。苦笑しながらも余裕綽々なのは全て無料だからだろう。

「ああ、ここまで来たからついでに話してしまうけど……ディズニーランドとディズニーシーのアトラクション、あれも実は全て潮干狩りで掘り出されたものなのさ」

掘り出されたって……それはつまり、アトラクションが完成した形で砂浜に埋まっていたって事か?

「その通り。シンデレラ城も最初からあの形で埋まってた。それを掘り出して、夜の闇に紛れてランド内に運び込んだと、ま、そういう訳だ」

衝撃だ。と云うか、夜の闇に紛れてって何時の時代の話だ。

「千葉県にあるのに何故“東京ディズニーランド”なのか。ディズニーさんは知っているのさ、千葉県こそが日本の中心地であり真の首都だという事をね」

いや、しかし、千葉県には何度も来ているし千葉出身の知り合いもたくさんいるけれども、そんな話は一度も聞いた事がないぞ。

「それは皆が必死になって隠しているのさ。千葉県が実はユートピアだったなんて事が世間に知れたら皆こぞって千葉県に移住しようとするだろ?そうなったら大変だ。だから、表向きはちょっと長閑(のどか)な普通の県を装っているという訳さ。醤油と落花生だけは潮干狩りでは出て来ないから自分たちで造っているけどね」

俄には信じられない話だ。しかし、一度、砂浜に車が埋まっているのを千葉県の某浜で目撃した事がある(実話)。

「ちなみに、埼玉県とライバルのふりをしているのも世間の目を欺く為だ。埼玉といい勝負なら誰にも警戒されないからね。ほら、埼玉県って塩ラーメンの美味しい店が一軒あるだけで他には何にも無いからさ」

いや、それは流石に埼玉県に失礼だろ。

「……どうも少し話し過ぎてしまったようだ。この話はこれで終わりにしよう」

そう云わず、もう少し教えて欲しい。まだ色々と引っ掛かっている点もあるし。

「いや、ダメだ。ほら、あそこ、奥のテーブルにいる男……恐らくは群馬県から送り込まれたスパイだ」

えっ、群馬のスパイ?

「ああ。あいつ、先刻から玉コンニャクばかり食べてる。それも器用な箸さばきで。千葉県の秘密を探りに潜入している群馬のコンニャクスパイとみて間違いないだろう。兎に角、千葉県が地上のユートピアである事は判って貰えたと思う。この話は以上だ。くれぐれも他言無用で頼むよ。次に君とあった時、この話の事を聞かれても僕は“そんなユートピア伝説など知らない”の一点で押し通すからね」

判った。私もこの話は聞かなかった事にする。誰も知らない都市伝説。ユートピアは人の心の中にこそ存在する。それで良いではないか。


〜おしまひ〜

追記:

千葉県、埼玉県、群馬県の皆さま、大変申し訳ありませんでした♪>゜)))彡