話題:みじかいの



大学時代の後輩から久しぶりに電話を貰った。何でも相談があると言う。私達は大学近くの喫茶店で待ち合わせる事にした。

当日。喫茶《ナマハゲ》。

私「で、相談って何よ?」

後輩「実はスね…俺、会社辞めようと思ってるんスよ」

私「転職か。そう言えば、何の会社だっけ?」

後輩「えー、ルービックキューブをガチャガチャ回して、その回り具合、滑らかさとか指がどれぐらい痛くなるかを確認する会社っス」

私「ずいぶんマニアックな仕事だね」

後輩「そうなんス。確かに、やり甲斐のある仕事ではあるんスけど…」

私「あるんだ…やり甲斐」

後輩「そりゃもうバッチグーッス。でも、さすがに五年もやってると飽きて来ちゃって…で、これを機に思い切って自分で事業を立ち上げようかなとか思ってるんスよ」

私「へぇー、そりゃ決断だな」

後輩「で、問題はスね…その時に部下を五人ほど連れて行こうと考えてるんスよ」

私「先ずは人材確保って事か」

後輩「そうっス。でも…それって、大丈夫なのかなあーと、それが心配でわざわざ先輩にこうして足を運んで貰ったという寸法っス」

私「心配って何が?」

後輩「部下を連れて独立って、つまりヘディングって事ッスよね?」

私「ヘッドハンティングな。何でも縮めりゃ良いってもんじゃないよ」

後輩「まあ、とにかく…いわゆる引き抜き行為に当たるわけじゃないスか」

私「ま、形としちゃそうなるわな」

後輩「で、ここからが本題なんスけど…それって、どうなんスかね?」

私「どう、って…具体的に何処がどう気になるの?」

後輩「何て言うか…社会的?法律的?人道的?道徳的?にどうなのかなあ、って。出来れば周囲に波風立てず穏便に事を運びたいんスよ。先輩、確か法学部でしたよね」

私「そうだよ」

後輩「こういう場合って、元の会社から訴えられたりしないスかね?」

私「なるほど、そういう話か。そうだなあ…基本的には問題無いと思うけど…ところで、今の会社って全体で社員どのくらい居るの?」

後輩「1200人ぐらいっス」

私「えっ、ルービックキューブ回すだけなのにそんなに?」

後輩「そうっス」

私「そうか…だったら五人引き抜いたところで業務に支障を来すって訳でも無さそうだし、まあ大丈夫だと思うよ」

後輩「本当ッスか?」

私「ああ。後はその五人と会社との契約の問題だけど、そこさえクリア出来れば特に制裁は受けない筈。社会的法律的にはね。人道的にどうかはよく判らん」

後輩「いやあ、良かったあー。とにかく法律に触れるような事だけはしたくなかったんで…俺、法律とかチンプンカンプンじゃないスか?」

私「そう言えば君、学生の頃、自転車で首都高に乗った事あったよな」

後輩「あったッスあったッス」

私「しかも逆走で」

後輩「懐かしっスね。まあ、そんな事もあったんで、ちゃんと社会ルールに乗っ取った生き方をしたいと思ってるんス」

私「良い心がけじゃないか」

後輩「やっぱ先輩に相談して正解だったッス。これで大胸を張って独立開業出来るっス」

私「そっか。そう言って貰えると私としても嬉しいよ。じゃあ、新しい仕事頑張ってな」

後輩「ういッス。俺、絶対成功するっス」


次に後輩と会ったのは半年後の事。

後輩「先輩…ヒドいっすよー!社会的にも法律的にも問題無いって言ったじゃないスかー…」

私「だって…まさか、新しい事業が贋札造りだなんて思わないもの」

府中刑務所、面会室での会話である。

【終わり】