話題:SS



ある時、夜更けのバーのカウンター席で、幸福な男が自分の人生について上機嫌で語っていた。これまでの俺の人生は幸運続きだったし、この先もずっと幸運に恵まれ続けるに違いない、と。すると、横の席で独りで飲んでいた老人が男に向かって、静かな、それでいて不思議な重みを持った声でこう言った。「なに、どんな時間も永遠には続きませんよ」。

折角の気分に水を差された幸福な男は苦々しい顔で思っていた。「この老人は人の気持ちに暗い影を投げかける…そう…人間のふりをした悪魔に違いない」と。

また、ある時、不幸な男が不運続きの自分の人生について長々と愚痴をこぼしていた。この先も俺の人生はずっと不幸が続くのだろう、と。すると、横の席で独りで飲んでいた老人が男に向かって、静かな、それでいて不思議な重みを持った声でこう言った。「なに、どんな時間も永遠には続きませんよ」。

その言葉を聴いた不幸な男は少し晴れやかになった顔で思っていた。「この老人は人の気持ちに希望の光を与えてくれる…そう…人間のふりをした天使に違いない」と。


―――――――


「とまあ…そんな話があるのだけどね。結局、その老人は悪魔だったのだろうか?それとも天使だったのだろうか?」

ある時、夜更けのバーで、自分が幸福なのか不幸なのかよく判らない男が隣の席に座る見ず知らずの老人に、ほろ酔い加減で話していた。すると老人は少し考えた後、静かな、それでいて不思議な重みを持った声でこう言った。「それはきっと天使でも悪魔でもなく…幸せな時間も不幸せな時間も知っている、ごく普通の人間ではないでしょうか?」

幸福なのか不幸なのかよく判らない男は思っていた。「なるほど、天使も悪魔も人の心の中に住んでいるのかも知れないな…」と。


ある時、夜更けのバーのカウンター席で、私はそんな話を聞いたのだった。


【終】