話題:微妙なこと


コンビニの通路で人が寝ていた。よく見ると、それは誰もが知る有名な文豪であった。私は訊ねた。「貴方は其所で何をしているのですか?」と。すると文豪は云った。「吾輩はネコろんでいる」と。

彼の名は夏目漱石。現在は《千円札》として日本銀行に所属している文豪だ。コンビニの通路は文豪に相応しい場所とは思えなかったので、私は彼を拾い上げ、それを“しかるべき所”に届けようと思った。猫ババしよう等とは一瞬足りとも考えなかった。本当である。別に、防犯カメラがすぐ真上にあったから猫ババを断念したのではなく、天使の心が平面ガエルのピョン吉…もとい、平面文豪の夏目さん…を“しかるべき所”へと運ぶ決意をさせたのである。

千円札の落ちていた場所が街路であれば、“しかるべき所”は交番か警察署になるだろう。然しながら今回は店の中であるので、私は拾い上げた千円札を持ってレジに行き、店長と思しき人物に経緯を説明しながら手渡したのだった。

そしてタイミングの良い事に、その直後落とし主が現れて、迷子の夏目漱石氏は無事に飼い主の元へと戻って行く運びとなった。

落とし主から、逆にこちらが恐縮してしまうくらいの丁重な感謝の言葉を頂きながら私は、(拾ったお金を正直に届けて本当に良かった)と満足していた。やはり、持つべきものは“天使の心”である。

だが……
私は考える……

今回は千円という金額であったから素直に届ける気になったが、これがもし、一億円だったらどうだろうか?金額の多さ故、逆に怖くなって届けざるを得ないとも考えられるが、一億はそう簡単に手に入る額ではない、一か八かで猫ババしようと思うかも知れない。

しかし……

コンビニの通路に一億円が落ちている事はまず無いだろう。

私は、それ以上考えるのをやめにしたのだった。


〜おしまひ〜。