話題:びっくりしたこと


雑居ビルというものがある。その名の通り、雑な人達が暮らしていたり雑な仕事をする会社が入っていたりする訳だが、そんな感じの雑居ビルの1階で私はエレベーターを待っていた。

そのビルは8階建てなのだが、間の悪い事にエレベーターは最上階である8階に停まっていた。仕方なく私は▲上昇ボタンを押してエレベーターの箱が1階まで降りてくるのを待った。

8→6→7→4→5→2→3…

数字の順番がおかしいと思われるかも知れないが、先刻も述べたようにここは雑居ビル、建物の造りも雑なので階数表示も当然のようにいい加減なのである。それでも一応エレベーターはちゃんと降りてくる。→1。到着。

そのエレベーターは扉の中央部がガラス窓になっており外からエレベーターの中が見える仕様になっている。勿論、逆もしかり。そこで、降りてきたエレベーターのガラス窓をチラっと見ると中に誰も乗っていないのが判ったので、私は扉が開くのと同時に中に乗り込もうと歩を進めた。が、その瞬間…

ドンっ!…私は見えざる壁のようなものにぶつかったのである。

何が起きたのか判らなかった。しかし、瞬時に冷静さを取り戻して前を見ると、どうやら私の顔の前にあるのは人間の胴体らしい事が判った。正確に言えば胴体がまとっている白っぽいシャツだ。エレベーターに乗り込もうとした私は、そこから出てきた人とぶつかったのだろう。

だが、それはおかしな話だった。と言うのも、私はエレベーターに誰も乗っていない事を確認したばかりであったからだ。つい数秒前、真ん中のガラス窓に目をやった時、そこに見えたのはエレベーターの奥の白い壁で、それで私はエレベーター内が無人であると判断し、扉が開くのと同時に乗り込んだのである。

しかし、現実問題として私の顔の前には人間の体がある。

ん?…顔の高さと胸の高さが同じ?…

私はそのまま視線を徐々に真上に上げた…すると…そこには顔があったのである…外人の。

推定身長2m04p。
大巨人である。
ガリバー旅行記である。

なるほど、そういう事か。私は理解した。エレベーターのガラス窓を外から覗くと、普通であれば中にいる人間の顔が見える。ところが彼の場合、あまりにも背が高すぎるせいで、顔がガラス窓よりも上に位置し、それで外から見えなかったのだ。

先程私が中を覗いた時にエレベーター奥の内壁だと思ったものは、実は彼の胴体だった。また、シャツの色と壁の色が同じような白っぽい色だったのも勘違いする大きな要因となっていた。保護色。カメレオン効果である。

なまじっか一度自分の目で確認し、誰もいないと完全に思い込んでいただけに、驚きも相当なものであった。だが、これにて事態は把握できた。基本的にこういう場合は降りる側が優先なので、私としては謝らなければならない。

見た感じから言えば、アメリカ人で名前は恐らくマッキャロン。そこで私は敢えてミシシッピ訛りの英語で謝罪の言葉を述べた…。

私「Sorry」

ところが。私が言葉を発するのと同時にマッキャロンの方も謝罪してきたのだった。

マ「スミマセン」

日本人の私が英語で、アメリカ人のマッキャロンが日本語。それは何ともファニーな状況であった。二人とも可笑しくなり、共に笑いながら軽く手を上げて別れたのであるが、背の高い彼はエレベーターの扉を潜る際も、お辞儀するように頭を下げなければならず、何処となくエレベーターの箱が【茶室】のように思えたのであった…。


〜おしまい〜。