話題:SS


「先日の検査の結果なのですが……短刀直入に申しますと実は少し問題が……いや、そうじゃないな……もしかしたら問題があるかも知れないという問題がありまして……それでですね……」

診察室に入った私が促されるまま椅子に腰かけると、医師は短刀直入と言う割りには随分と煮え切らない物言いでそんな風に話を切り出してきた。

だが、まあ、それはいい。

私は先日、生まれて初めて人間ドックというものに入った。特に体に不調を感じていたわけではない。あくまでも念の為にだ。恐らく結果に問題はないだろう。そう思っていた。しかし、正直なところ、“恐らく”という言葉でも判るように、ほんの僅かではあるが不安は確かにあった。そして、医師の言葉を聞く限り、残念ながらその不安は的中してしまったようだ。

「それでですね……」医師が言葉を続ける。「その、問題の……いや、問題があるかも知れない部分……それに関して再検査を行いたいと考えているのですが、どうでしょう?」

どうもこうも、そういう話であれば再検査をして貰うより他ないだろう。おかしな言い回しになるが、ここで問題になるのは“その問題がどういった問題”であるか、だ。問題の程度により今後の身の処し方も変わって来るだろう。重篤な問題でなければ良いのだが……。多少の不安を感じながらも私は極めて冷静であった。

「再検査は構いませんが……その……どういったところが問題なのでしょうか?」

医師が軽く眉をしかめる。

「それが、ちょっと言いにくいのだけども……実は白血病の疑いがありまして……」

「白血病……ですか!?」

正直、これは意外だった。白血病など全く予想だにしていなかった。だが、驚くのと同時に私は安堵した。白血病……それはない。

「ああ、でも、あくまでも疑いの段階ですし、実際、白血病である可能性は低いと思います。あくまでも念の為ですので、心配はしなくて良いでしょう」

私の沈黙の意味をショックと受け取ったのか、医師は努めて明るくそう言った。しかし、私の沈黙は安堵の沈黙である。

「ああ……白血病……それだけはないと思いますよ」

私は笑顔で医師にそう告げた。

「貴方は白血病ではない…何故そう言い切れるのですか?」

医師が怪訝な顔つきで私に訊ねる。無理もない。私は、自分が白血病ではないという理由を話してあげる事にした。

「いや、この前指先を軽く怪我してしまって、その時、ちょっと血が出たんですけど……血の色は白くなかった。だから、白血病ではないと思います」

「…………」



かくして、私は改めて精密検査を受ける運びとなった。



そして、直ちに行われた再検査の結果、先の検査の数値異常は単なる一時的な物で、私は白血病ではない事が判った。加えて他の部分にも、これといった問題はないとの事だった。

だから、あれほど「私は白血病ではない」と言ったのに……。しかし、まあ、これで全ての不安は解消された。私は怪我をした指先の絆創膏を剥がし、新しい物へと替えた。古い絆創膏には凝固した私の血……そう、白ではなく、緑色の血……がこびりついていた。勿論、検査する前に血液の色は赤に擬装してある。その擬装は成功したようだ。

「だから、あれほど私は白血病ではないと言ったのに」私はその言葉をもう一度繰り返した。そもそも、私の星に白血病という病は存在しないのだ。

さて、人間ドックの検査を無事に通過した事で、我々の体を地球人の体に完全擬装する計画は、ほぼ成功したと言えるだろう。白血球に関しては多少の手直しが必要かも知れないが。

検査をする前、ほんの僅かながら確かに不安はあった。でも……本当に良かった。地球には存在しない元素などが検査で検出されなくて……。


【終り】。