話題:連載創作小説

その日から彼女の日常は少しだけ変わった。いつもと同じ仕事の帰り道、喫茶店の前を午後五時半に通る時、彼女はそこに青年の姿を探し求めるようになっていた。

それは恋かも知れなかったし、或いは、そうではなかったのかも知れない。そもそも、恋自体、必ずしも男女の間にのみ存在するというものでもない。遠く離れた故郷に恋しい気持ちを抱く事もあれば、懐かしい料理の味を恋しく思う事もある。

理系ふうに云えば、「人と対象物の間に存在する非物質的世界に漂う科学では検出不可能な未知の元素」。文系ふうなら、「人と何かを結びつける純粋な慕情、思慕の念」。敢えて、恋という言葉を別の言葉で云い変えるならば、そんなところかも知れない。

いずれにしても、彼女が青年に対して抱いていた気持ちや感覚を一言で説明するのは困難であったし、また、そうする必要もないように思えた。

それから半月の間、彼女はそんな感じで、帰り道の喫茶店、そのテラス席に青年の姿を求めながら日々を過ごした。青年の姿がある事もあれば、ない事もあった。そして、青年の姿がそこにある時は決まって雨が降っていた。逆に云えば、この小さな街に雨が降る時、青年は必ずそこにいた。

青年はいつも一人で、テーブルに置かれた白い珈琲カップをただ一人の友として物憂げな表情で雨のテラス席に座っていた。遠い視線は、雨の向こう側にある此処ではない何処か別の世界へと注がれているように見えた。

そんな青年の前を彼女は足を早めるでもなく立ち止まるでもなく、ちらりと僅かな視線を投げかけるだけで通り過ぎる。他から見れば、それはありきたりな雨の日の風景に過ぎなかっただろう。

会釈を交わすでも話し掛けるでもなく、ましてや席を共にするわけでもない。青年が彼女の存在に気づいているのかどうかすら判らない。雨の街角で一人の男と女がすれ違うだけ。それだけの関係だった。


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