話題:突発的文章・物語・詩

娘が彼氏を連れてくると云ふ。
それも今夜突然にであります。

さう云へば、娘ももう良ひ年頃。こういう事があつたとて何ら不思議はありませぬ。

然しながら、此方にも心の準備と云ふものが…などと思つていると早くも玄関の呼び鈴が鳴つたのでありました。

もはや、じたばたしたところで仕様がありませぬ。

どのような彼氏でも温かく迎え入れようと腹を括りて玄関の戸を開けましたれば、何と驚ひた事に娘の横には、彼氏どころか人間ですらなひ、巨大な明太子が立つていたのでありました。

明太子とは、詰まるところ、あの明太子であります。

然も、置かれていたのではありませぬ。太っ腹を見せながら凛と立つていたのであります。

私はどのような彼氏でも温かく迎え入れるつもりでありましたが、残念な事にその“どのような”の中に明太子は含まれておりませんでした。

私が困っていると、娘が明太子に「ほら、きちんとお父様に挨拶して」と小声で呟くのが聴こえました。

娘に促された明太子は緊張で顔を赤らめながら、私に向かつて云ひました。

「どうも…かれし明太子です」

………

ふむふむふむ…
恐らくこれは…

駄洒落好きの娘が(彼氏が欲しい)と強く念じた結果、彼氏と駄洒落が混ざり合う形で具象化してしまつたに違ひありませぬ。

そんな“かれし”越しの夜空には綺麗な満月が浮かんでいます。

………

ふむふむふむ…
考へてみれば…

月の光とは即ち、太陽の光であるからして…月光は太陽夜光と呼び変へても良ひでのはあるまいか?

昼間の太陽の下の彼氏も、夜中の太陽の下では“かれし明太子”となり果てるのでせう。刻に其れは“かれし蓮根”に、はたまた“かれしマヨネーズ”となるのやも知れませぬ。

思へば、自らは決して光を発せぬ月が、今宵駄洒落の力を借りて、光を発する代わりに気持ちをハッスルさせた。そんな光のハッスルが“かれし明太子”なる、娘にとつての理想の恋人を醸造したのではあるまひか?

そんな事を思ひながら、私は何事も無かつたかのように玄関の戸を閉めると、眠るにはいささか早い刻限ではありますが、今夜はもう休む事に決めたのでありました。


【完】。